無意味な長広舌
御曹司は、大きく息を吸い込み、
「わがドラゴニア侯爵家は、帝国建国の際には初代皇帝陛下の大事業を大いに扶け、その多大なる功績により……(云々)……」
と、何を思ったか、侯爵家の家系の興りやその後の発展について語り始めた。わたしとパターソンは、「なんなんだ」とばかりに顔を見合わせる。
プチドラは、さっとわたしの肩によじ登り、
「御曹司は、プライドだけはものすごく高かったはずだよ。だから、人にものをたのむときには、どうしても、要領を得ないヘンチクリンな言い方になっちゃう」
古くからの大貴族のものの考え方とは、そのようなものなのだろうか。分かったような、よく分からないような……、でも、やっぱり、どう考えても理解しがたいような……
そのまま、御曹司の無意味な長広舌を、しばらくの間、聞き流していると、
「お茶が入りましてございます。」
執事であろう地味な初老の男が、わたしとパターソンの前にカップに入った紅茶を置いた。ただし、茶菓子はなく、御曹司の分の紅茶もない。しかも、出された紅茶は色も香りも悪く、ハッキリ言えば粗悪品。御曹司は、財政的にかなり追い詰められているのだろう。換金可能なものは既に換金され、広大なこの屋敷そのものや、きらびやかな家具・調度類のうち分離困難な又は(高価すぎてすぐに買い手がつかない等の理由で)換金困難なものは、債務の担保に取られているのではないだろうか。
御曹司の長広舌は、さらに続き、
「……で、あるからして、ドラゴニア侯爵家は、帝国の数ある大貴族の中で、特別に、帝国の政治の中枢に重きをなすという栄誉に浴してきたのである。ところが……」
と、いつまでたっても、話の核心部分に入ろうとしない。そればかりか、喋っている間に口調は熱っぽくなり、いつの間にやら、自らの語り口に酔いしれているのか、どんどんと演説口調の名調子になって……
「先代のドラゴニア侯がもう少し賢明であれば、今日の悲劇を招くこともなかった! それを、どこの馬の骨とも知れぬ小娘の寝技に、簡単に引っかかったため!!」
ちなみに、その「小娘」とは、わたしのこと(「寝技」は誤解だが)。本人を目の前にして、よくも、まあ、簡単に言えるものだ。ただ、さすがの御曹司も、言っちゃった後で、時既に遅しであるが、重大(致命的)な過失に気付いたのか、
「いや、失礼、先代の話は止そう。先代には誤りもあったが、偉大な人だった。いや~、ははは……」
と、ごまかし笑い。でも、笑って済ませられる話ではないと思う。
御曹司は、ここでグイと身を乗り出し、
「先代の誤りが直接の原因というわけではないが、近頃、領内では非常な問題が起こりつつある」
ようやく本題らしい。もう、なんでもいいから、サッサと用件を言いやがって下さい……と、これは、わたしの内心の声。