錬金術師の住居兼研究所
馬車は、神がかり行者を遠巻きにしつつ、やがて、公園を離れた。
わたしは、神がかり行者の姿が見えなくなったところで、「ふぅ」とひと息、
「あの基地外じいさん、演説に夢中になっていたみたいね。気付かれなくて、よかったわ」
「確かに。でも、あの老人のことですから、もしかしたら……」
「ダメッ! 変な想像しないで!!」
わたしは、あわててパターソンの口を押さえた。突然のことに、彼は「えっ」と、目を白黒させている。言霊信仰ではないが、あの神がかり行者のことだから、「もしかしたら、馬車の屋根にへばりついていて、しばらくすると窓をコンコンと」みたいな不吉な想像をすると、その想像が現実化しかねない。その危険は多分にある。
しかし……
幸いなことに、特段、事件が発生することなく、馬車は、市街地から中流市民の居住地区へ、さらに、下層階級の居住地区へとゆっくりと進んでいった。窓から見える景色も、それに伴い、だんだんとうらぶれて貧相なものに変わっていく。ともあれ、今日のところは、神がかり業者をやり過ごしたと見てよさそうだ。
その後、馬車は何度か向きを変え、やがて、両脇に粗末な家々が立ち並ぶゴミゴミとした狭い通りに、ノロノロ運転で進入していった。
パターソンは、窓から外の景色を眺めながら、
「もうそろそろ到着します。でも……」
そう言いながら、パターソンは、真っ直ぐにわたしの方に向き直り、
「本当に、よろしいのですか? 考え直されるなら、今のうちですが……」
「能力が高ければ、人格は問わないわ」
性格的あるいは人格的に、ぶっ壊れているか逝っちまっているほど問題のある錬金術師が、どの程度のものか知らないけれど……、多分、大丈夫だろう(と、根拠のない楽観)。
程なくして、馬車はスピードを更に緩め、下層階級居住地区の一角に停車した。
パターソンは、「最終的意思確認」の意味だろう、何やら神妙な表情になって、
「着きました。では、カトリーナ様、お覚悟はよろしいですか?」
わたしは無言でうなずき、プチドラを抱いて馬車を降りた。舗装されていない道には土埃が舞い、なんとも言いようのない、ひどい匂いがただよっている。
「あの~、パターソン、あそこにある、あの……アレは、何?」
「あれは……錬金術師の住居兼研究所ですが。」
「一応、それは分かるわ。でも、その上に乗っかっている、アレ……」
目の前には、異次元チックな、言うなればカラビヤウ図形みたいな、なんとも形容しがたい建物が立っていて、その上には、とぐろを巻いた、巨大な、某「排泄物」のような物体が、建物全体を押し潰すように……
「あれは……ですね、つまり、錬金術師は、異常な、いわゆる『糞便マニア』なのです。」
ナンセンスな下ネタ満載のギャグマンガじゃあるまいし、『糞便マニア』って……
しかし、パターソンは唖然とするわたしをよそに、入り口のところに歩み寄り、軽くドアをたたいた。