背中に悪寒を感じて
翌日、わたしはプチドラを抱き、パターソンとともに馬車に乗った。行き先はもちろん、能力的には世界で十指に入るくらい有能な、しかし、性格的あるいは人格的には、ぶっ壊れているか逝っちまっているほど問題のある錬金術師のところ。
パターソンは、「やっぱり、いかがなものか」とか、「もう少し、熟慮された方が」とか、出発の直前まで気が乗らない様子だったけど、例によって、アメリアとクレアの「ぐずぐずしていると、人さらいが出るぞ」みたいな意味不明な見送りを受け、(それが理由というわけではないだろうが)観念したらしい。
「準備はいい? それじゃ、出発」
わたしが合図を送ると、馬車はゆっくりと動き出した。
馬車は屋敷を出ると、帝都の一等地から離れ、まずは市街地へと向かった。今日は天気もよく、大通りには露天商が店を並べ、商店街には多くの市民が行き交っている。やがて、馬車は大通りを抜け、大きな公園の前に差しかかった。
その時、わたしは、ふと、外から見えないように、馬車の中で小さく身をかがめた。
「カトリーナ様、突然、どうされました???」
パターソンは変な顔をして、わたしを見つめた。
「なんだか分からないけど、急に、背筋にゾクゾクッという悪寒を感じて……」
わたしが感じた悪寒、その正体は、今更言うまでもないかもしれない。同じようなところで同じような人に出会う。そのことを繰り返すうちに、脳内で条件反射の神経回路が形成されたらしい。すなわち……
「ウソ偽りの大海の底、暗黒の世界に安住する一般大衆諸君! 諸君を楽園に導く大天使の正体が、実は、諸君を地獄の火の中に投げ込む大悪魔であったことさえ、忘れている!! 世はなべて虚飾に満ち、健忘症と無知蒙昧が真実の光を覆い隠している!!!」
この基地外は、ボロボロの衣服をまとい、汚れた髪を振り乱し、口から泡を飛ばしながら、常人には到底理解不可能な教説をぶっている神がかり行者。
なお、神がかり行者の傍らには、今日は基地外演説の作法の見学の日なのか、元唯一神教教祖様のクレアが立っていて、真剣な眼差しで神がかり行者の基地外ぶりを見ながら、フムフムと何やらしきりにうなずいている。
わたしは顔を上げて、「ふぅ~」とため息をつき、
「パターソン、これから会いに行く錬金術師の基地外ぶりって、あそこでわめき散らしている神がかり行者と比べると、どんな具合かしら。もっと、すごいのかしら?」
パターソンは、「う~ん」と腕を組み、苦笑しながら、
「さて、どのようなものでしょう。常人の私には、『すごさ』は理解できませんから……」
わたしは思わずうなずいた。その「すごさ」は、誰にも理解できないだろう。ともあれ、一日に基地外ふたりを相手にするのは辛い。今日のところは、神がかり行者に構わずコッソリ通り過ぎよう。




