マーチャント商会会長登場
「であれば、もう一方の当事者にも、この場にいてもらわなくてはなるまいな」
帝国宰相は、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
すると、その帝国宰相の声と、まるで呼応するかのように、
「やれやれ…… ようやくお呼びというわけですな。当社の社是として、本来、こういう茶番には関わり合わない主義なのですがね……」
と、聞き覚えのある、どことなくメカニックな男の声が中庭に響いた。
振り向いてみると、そこにいたのは、メカニックと言えば彼以外にあり得ないという、あの人、すなわち、マーチャント商会会長だった。恐らくは、帝国宰相と示し合わせ(だから、帝国宰相は、わたしを中庭に招き入れたのだ)、今まで物陰に隠れていたのだろう。御苦労なことではある。
帝国宰相は、「ふっふっ」と笑い声を漏らしながら、
「ルイス・エドモンド・スローターハウス殿、御多用のところ、実に御苦労なことではあるが、これも、帝国の平和を守るためじゃ。ここはひとつ、無理をきいてほしい」
「帝国の平和ですか。確かに、一理、ありますな。しかし、我々マーチャント商会は企業体であって、慈善事業を行っているわけではない。この点は御理解願いたい」
マーチャント商会会長は、感情のこもらない事務的な口調で言った。彼の(敢えて言えば)能面のような表情からは、彼の内心を推し量ることはできない。
わたしは、特に意味はないが、とりあえず「ふぅ」と、ため息を一つして、
「信じてもらえるかどうかは別ですが、ドラゴニアとマーチャント商会の債務をめぐる争いには、実は、わたし自身、辟易としているのです」
「ほお、『辟易』とは、どういう意味かな?」
マーチャント商会会長は、顔色を変えることも、興味を引かれた風を見せるでもなく(まるで、単なる音声の羅列のように)言った。
「わたしとしましては、実は、ドラゴニアの騎士たちから非常に頼りにされたということがありまして、そのため、たとえ部外者であろうとも、救いの手を差し伸べないわけにはいかない、つまり、これが『人の道』ではないかと思うのです」
「なるほど…… それで?」
ここで、わたしは、もう一度「ふぅ」と、ため息。のみならず、少々「参った」みたいな感情を込めて。というのは、わたしの思惑としては、マーチャント商会会長に長々と喋ってもらって、そのうちに「揚げ足取り」でもなんでも、彼の隙を突いて一気に畳みかけたいところだったけれど、現実には、わたしの喋る時間の方が長くなっている。このまま同じような調子で続けていては、ボロを出すのはわたしの側だろう。
ならば、ここは、下手な小細工を弄するのではなく、ダイレクトに……
「つまり、ウェルシーはドラゴニアの防衛のため助力を惜しまないということです」
「何!?」
ここに来て初めて、マーチャント商会会長の表情の筋肉が、ほんの少しだけ動いた。




