交渉の行方
帝国宰相はわたしに、射るような鋭い眼光を間断なく浴びせながら、
「ふっ、『関係』じゃと? それは、帝国の平和のために決まっておろう。わが娘よ、まさか、このわしのことを、今にも戦乱が巻き起ころうかというときに、手をこまねいていることしかできぬ、無能な老人などと、思っているわけではなかろうな」
「でも、今回の一件は、そもそもドラゴニアとマーチャント商会の債務の返済をめぐる争いですから、そこにどうして、帝国宰相が……」
この瞬間、帝国宰相はニヤリと、わずかに口の端を動かした。そして、意味ありげに「うんうんうん」と、何度かうなずき、
「そうじゃ、確かにおまえの言うとおりじゃよ! そもそも、今回の一件は、ドラゴニアとマーチャント商会の間の争いに過ぎぬではないか」
宰相は、「ドラゴニアとマーチャント商会の間」の部分で特に語気を強めた。
「したがって、今回の一件は、あくまでもドラゴニアとマーチャント商会の間で解決すべき事柄であって、他の何者にも介入する権利はないということじゃ!」
帝国宰相は、まるでわたしから「一本取った」かのように言った。意味は、言わずもがなだろう。「ドラゴニアから手を引け」、これが帝国宰相からわたしへの非常に強いメッセージに違いない。一方、プチドラは、ドラゴニア産ワインが頭から離れないのか、「あちゃー」と小さな手を大きな頭に当て、天を仰いでいる。
わたしは「ふぅ」と小さく息を吐き出し、
「確かに、そもそも論としては、ドラゴニアとマーチャント商会の間の債務の問題のようですが、現時点におきましては、そもそも論では通用しないと言いますか、いやはや、なんとも微妙な……」
「何が微妙じゃ? 何度も言うが、当事者は、あくまでもドラゴニアとマーチャント商会、ということは、つまり、おまえは無関係な第三者ということであろう。それとも、ドラゴニアとマーチャント商会の債務の返済に関し、厳密に法的な意味で、何か関係があるとでも言うのか」
「それは……」
わたしは、言いかけて口をつぐんだ。本気モードの帝国宰相相手に、うかつなことは言えないし、また、適当に言葉を濁し、曖昧なまま済ませることもできそうにない。ということは、適当に(「義によって」等々の)理由をつけて、あくまでもドラゴニアへの援助・支援を主張するか、ここは、帝国宰相の言い分を受け入れて引き下がるか……
プチドラは涙目になって、わたしを見上げている。帝国宰相の要求どおりドラゴニアから手を引けば、ドラゴニアのワイン産地を手に入れることはできないだろう(未来永劫ではないにせよ)。わたしにとってはどうでもいい話だが、プチドラにとっては切実な問題のようだ。
「わが娘よ、もし、おまえが今回の一件に関し、無関係ではないということであれば……」
帝国宰相は、声を高くして言った。




