帝国宰相は本気モード
わたしは、宮殿の正面玄関で、プチドラを抱いて馬車を降り、テクテクと宮殿の長い廊下を進んだ。
プチドラは、ひとつ「ふぁ~」と大きな欠伸をして顔を上げ、
「マスター、念ために聞くけど、帝国宰相の居場所は分かってるんだよね。」
「さあ、知らないわ。そもそも、あの爺さんがどこで何をしてようと、わたしには興味も関心もないし……」
わたしは足を止め、ぶっきらぼうに言った。
プチドラは「あらら」と、小さい手を額に当てて天井を仰ぎ、
「この前に、『宰相政務室』って、教えてもらったと思うんだけど……」
「そうだっけ? そんなこともあったかもしれないわね。でも、いつものことだから、そのうちに廊下の先からフラフラと歩いてくると思うわ。わたしの顔を見るなり、例の猫撫で声で『わが娘よ』って、バカのひとつ覚えみたいに……」
その時……、まさにその時といったところだろう。不意に、わたしの背後から、
「おお、わが娘よ、捜したぞ!」
聞き覚えのある(イヤになるくらい聞かされた)、話題にしていた老人の声が響いてきたので、ビックリ(まさに神出鬼没、一体、どこから現れたのだろう)。
わたしは背後を振り返るなり、とりあえずは愛想よく笑みを浮かべ、
「あらあら、これはこれは、いつもながら御機嫌麗しく、肌の色つやは年不相応に若々しくていらっしゃいますね」
声の主は言うまでもなく、帝国宰相だった。
帝国宰相は、ブスッと不機嫌な顔をして、
「年は取りたくないものじゃな。わしも最近はもうろくしてしまってな、同じことを何度も繰り返す癖がついてしまったものじゃ」
「いえ、そのようなフィードバックによる反復学習こそ、幼児……いえ、若さの証明でございますことよ。オホホ……」
「減らず口をたたきおって! まあ、よいわ。呼んだのは、このわしじゃからな」
帝国宰相は、呼吸を整えるようにチッと舌打ちすると、
「来てもらったところで、早速じゃが、本題に入りたい」
「いきなりですね。それほど急ぐ話なのでしょうか」
そう言うなり、わたしは「はぁ~」と、少々長めのため息。
しかし、帝国宰相は、ギロリと鋭い眼光をわたしに向け、
「茶化すのは止めよ。今日呼ばれた理由は、おまえが一番よく分かっているのではないか。いや、この期に及んで『知らぬ存ぜぬ』は、通用せぬぞ」
「はい? わたしが『一番よく分かっている』と??」
帝国宰相は、射るような視線でわたしをにらんでいる。見た感じ、今日の帝国宰相は、相当に本気モード。洒落や冗談の類は通用しそうにない。今日に限っては、下手に刺激しない方がよさそうだ。




