商人らしい念の入れよう
パターソンは、書状をわたしの目の前に広げた。見ると、書状はマーチャント商会会長からウェルシー伯宛となっている。
「先ほど、マーチャント商会の使者が屋敷に来られました。『必ず、どうしても、ウェルシー伯に読んでいただきたい』とのことです」
「読むって、これを?」
書状には、非常に細かい字が辞書のようにビッシリと書かれていて、読むのは面倒……と言うか、まったく読む気になれない。
パターソンは、わたしの顔を見てそれを察したか、苦笑しながら、
「例によって恐縮ですが、あらかじめ内容を確認させていただきました。要するに、『ドラゴニアに肩入れするのはやめてもらいたい』ということです。反応としては予想の範囲内ですが、さすがマーチャント商会と言いますか……、情報が早いですね」
「そうなの…… じゃあ、話も早いわ」
わたしは書状を無造作に丸めて放り投げ、
「捨ておけばいいわ。わざわざ返事を書くこともないでしょう。交渉の余地なんかないわ」
「おっしゃるとおりです。ただ、そこは、商人らしい念の入れようと言いますか……」
と、パターソンは、ここで(意味ありげに)ひと呼吸置き、
「実は、この書状を持参したマーチャント商会の使者が、『できれば、いや、どうしてもウェルシー伯と直接会って話をしたい』とのことなので、今、別室でお待ちいただいている状況なのです。カトリーナ様、使者にお会いになりますか?」
「えっ!? どうして……」
わたしは思わず天井を仰いだ。使者に会って話をしても、ドラゴニアを支援するという結論に変更があるはずはない。しかし、会わず追い返せば、(嫌がらせ的に)会えるまで毎日しつこくやって来るのではないか。ならば、会ったという実績だけでも……
わたしは「ふぅ」と、小さくため息をつき、
「しょうがないわね。連れてきなさい。でも、今回だけよ」
程なくして、パターソンに連れられ、黒っぽい衣服に身を包んだ男が現れた。胸の部分には大きく、金貨の山と頭蓋骨を図案化したマークがあしらわれている。これがマーチャント商会社員のユニフォームだろうか。
わたしは、可能な限り厳しい表情を作って、開口一番、
「結論から言うと、ゼロ回答。だから、さっさと帰りなさい」
男は、一瞬、戸惑うように口をモゴモゴと動かした。挨拶抜きでいきなり言われるのは予想外だったのだろうか。しかし、男はすぐに気を取り直し、わたしの顔を見据え、
「ウェルシー伯、少々誤解があるようですな。会長も申しておりました、『ウェルシー伯は、よき友人である』と……」
しかし、わたしは、男が言い終わらないうちに、応接室のドアを指さして「帰れ」のジェスチャー。
男は、なおも何か言おうとしたが、その襟首をパターソンがグイと捕まえてすごむと、
「ひぃっ! しっ、しかし、きっと、後悔しますぞ!」
と、捨て台詞を残し、ほうほうの体で逃げ帰るのだった。




