仇敵に援助を乞う
パターソンは、わたしの顔をのぞき込むようにして、
「カトリーナ様、いかがなさいますか? 先方としては、明日の夜、帝都の一等地にあるドラゴニア侯の屋敷まで来てほしいとのことですが」
「あら、そうなの? 面白そうじゃない。そういうことなら、相談に乗ってもいいわ。ドラゴニア侯には、屋敷に行くと伝えておいて」
すると、パターソンは、ギョッとした顔になって、
「本当に、よろしいのですか!? ややこしい話に首を突っ込むことにもなりかねませんよ。カトリーナ様とドラゴニア侯の間で過去にどのようなことがあったのか、詳しくは知りませんが……」
わたしにはドラゴニア侯を助けてやる義務も義理もないし、勿論、恩義があるわけでもない。むしろ、反対に、わたしがドラゴニア侯をボコボコにしてスマキにして生き埋めにしても、その行為は正当な報復行為として、道徳的に許容されると思う。
ただ、今回、何を思ったか、ドラゴニア侯が急に助けを求めてきたということは、うまく利用すれば、わたしにとって、思いがけない利益をもたらしてくれるかもしれない。
「いいのよ。ドラゴニア侯を助けてやるわけじゃないわ。どうしようもないヤローだけど、いわゆる『捨て駒』か『捨て石』くらいにはなるでしょう。それに、ヤツがマーチャント商会との間でもめてるなら……、例えば、ドラゴニア侯をけしかけて、マーチャント商会の間で戦争を起こさせることもできるかもしれない。マーチャント商会への嫌がらせ程度にはなるでしょう」
「なるほど、そういうことでしたら、早速、手配いたします。」
パターソンは「なるほど」と言いつつも、納得したとはいえない顔をして、応接室を出た。
こうして、応接室にわたしとプチドラが残され、
「マスター、本当に、いいの? 相手はドラゴニア侯、つまり、ご隠居様の息子、あの御曹司だよ」
と、プチドラは何やら言いたげに、「じ~っ」と、わたしの顔を見上げた。
「何か具合が悪いことでもある? 一応、わたしと御曹司は仇敵の間柄にはあるけど……、にもかかわらず、わたしに援助を乞うなんて、なかなか思い切ったことをするじゃない」
歴史的にみると、ハプスブルク家とブルボン家の外交革命のみならず、上杉景勝と武田勝頼など、長年いがみ合ってきた宿敵と手を結ぶことにより局面を打開しようとした事例は、少なくない。福島正則や加藤清正に襲撃された石田三成が徳川家康のもとに逃げ込んだのも、同様のケースに当たるだろうか。そう考えると、あの御曹司、頼りなげに見えて、本当のところは、なかなかのギャンブラーかもしれない。
プチドラは、しかし、うつむき加減に、「いやいや……」というように首を左右に振り、
「御曹司は、結構、悪知恵が働くからね。本当のところは、マスターをうまく利用して、今の窮地を脱出しようと考えてるに違いないよ」
「へえ、そうなの」
そう言いながら、わたしは、内心ニヤリ。知恵比べなら、負けはしない……と思う。