騎士団長の疲れた表情
わたしは、公式な場で着用するためのパリッとしたドレスに着替え、持ってきた風呂敷包みから、ご隠居様より譲り受けた伝説のエルブンボウを取り出した。
ニコラスが仲間とともにゲリラ的に「反対」を連呼するなら、「話し合い」は御曹司の目論見どおりには進まないだろう。御曹司がどんな顔をするか、見ものではある。
また、アース騎士団長も御曹司の「情けなさ」に愛想をつかしているなら、場合によっては(あるいは、希望的観測としては)、騎士団長及び多くの騎士がニコラスに賛同することになるだろう。その場合、「話し合い」の場は、もっと、わやくちゃに……
さらに、わたしが伝説のエルブンボウをかざし、適当に「先代ドラゴニア候の遺訓が云々」みたいな口上で追い打ちをかければ、「話し合い」はまったく収拾がつかなくなって……、とにかく、予想もしていないことが巻き起こるかもしれない。
わたしは、二日酔いでぐったりとしているプチドラの尻尾をグイと引っ張り、ひと言、
「しっかりしなさい。行くわよ」
わたしはプチドラを抱き、伝説のエルブンボウを持ち、アンジェラを伴ってドアを開けた。
部屋の外では、騎士団長が待ち構えていて、
「準備はお済みのようですな。では、まいりましょう」
アース騎士団長はわたしたちを先導し、別次元のような廊下をやや早足で歩いた。よく見ると、騎士団長は少々疲れたような表情を見せ、途中、何度もため息をついている。どうしたのだろうか。騎士団長の疲れた表情が関係するものと言えば……
わたしは、足を止め、
「つかぬことをお伺いしますが、もしかすると、昨夜の宴会が終了後、その続きで何か騒動のような?」
すると、騎士団長も立ち止まり、力の抜けたような声で、
「ええ、ちょっとね。わが主君といったら、本当に、あのバカ……いや、いけない。失礼しました。止めにしましょう。それよりも、ウェルシー伯、本日の『話し合い』に対してどのように臨まれるのかということですが……」
わたしは適当にすっとぼけたフリをして、
「『どのように』ですか。いまいち意味がよく分かりませんが、おそらく、なるようになるのではないかと思いますよ」
「そうですか…… いや、そうですね。それ以外、なりようがないかもしれませんな」
騎士団長は「ははは」と、あまり力のない声で笑った。
やがて、わたしたちは、昨日の宴会場の前に到着し、アース騎士団長がドアを開けた。その中をのぞきこんでみると、正面には、御曹司を含む数人分の席が横向きに設けられ、そこからクラゲの足状に騎士団の席が縦に長く伸びている。これは、昨夜と同様、よくある団体さんの忘年会や温泉旅行みたいな席の配置。ただひとつ違うところは、正面の席が3人分ほど増やされているということで、この席は、マーチャント商会の代理人用だろう。