怒れる騎士団長
わたしは(珍しく)まじめな表情を作り、ニコラスの耳元で、
「明日の『話し合い』には、マーチャント商会の代理人も出席するらしいわ。だから、彼らがいる前で、堂々とデフォルト……、つまり、債務の不払いを宣言しちゃえばいい」
「それは名案ですが…… でも……」
「『話し合い』の最後は、満場一致の拍手で締め括るということでしょう。拍手の代わりに『反対』を連呼して、マーチャント商会の代理人をボコボコにして半殺しにしちゃえば、デフォルト宣言と同時に、マーチャント商会への宣戦布告にもなるわ。戦争になれば、ウェルシーも全面的に協力する。約束するわ」
すると、ニコラスは「おっ、おおぉ!」と、驚きとも感動ともつかぬ声を上げた。そして、自らの拳を力強く握りしめ、
「ウェルシー伯が! 今の帝国で最大の軍略家が味方してくれるとは!! すばらしいです。私の友人にも声を掛けてみます。マーチャント商会に反感を持っている者ばかりですし、ウェルシー伯が味方とあれば、きっと賛成してくれます!!!」
「でも、お父様やドラゴニア侯には内緒よ。あの人たちに知られたら面倒だから」
「分かっています!」
ニコラスは喜び勇んで、元いた席(末席)の方に戻っていった。
プチドラは「う~ん」と懐疑的な表情で、わたしを見上げ、
「マスター、あんないい加減なこと言っちゃって、大丈夫?」
のみならずアンジェラも、詳細な意味内容を理解しているかどうか知らないが、上目遣いにわたしに視線を送っている。
「大丈夫かどうかは分からないけど、そんなにいい加減な話じゃないわ。マーチャント商会には、この辺りでガツンといってやりたい気がしてたし……」
「ガツンと?」
プチドラは「はて」と首をひねり、口を大きく開けた。
わたしはプチドラの頭の耳と思しき部分に口を近づけ、ぼそぼそと、
「ドラゴニアの対マーチャント商会戦争に協力する見返りに、ドラゴニアのワイン産地の割譲を要求するのよ。うまくいけば、いつでもドラゴニアワインを楽しめるわ」
プチドラは、瞬間、目の色を変えた。
その時、宴会場のドアがバタンと大きな音を当てて開き、鬼のような形相をしたアース騎士団長が姿を現した。ただし、先ほどは一緒だった御曹司の姿はない。
騎士団長はドスンドスンと足音高く、並み居る騎士たちが「何事か」と怪訝な表情を浮かべるのも一向に気にせず、吐き捨てるように「くそっ!」とひと言、そして、わたしの隣に腰を下ろした。とにかくムチャクチャ怒っているみたいだけど、一体、何があったのだろう。
「あの~、何やら御機嫌が麗しくなさそうな気配ですが……」
「そうですね。生まれて初めてですよ、怒りで体があれほどピクピクと震えたのは」
「先ほどは、ドラゴニア侯と…… そういえば、ドラゴニア侯は……」
すると、騎士団長は、わたしの言葉を遮るように、
「その名を口にするのは、止めていただけませんか!」
と、宴会場一面に響く怒鳴り声を上げた。




