帝国で並ぶ者のない軍略家
ニコラスは顔を上げ、涙ながらに、
「ウェルシー伯は、かつて、二度までも、マーチャント商会の大軍を打ち破ったと聞きます」
「ええ、そうだけど……」
マーチャント商会は、わたしにとって(御曹司と同じく、あるいはそれ以上に)何かと因縁がある相手。今となってはかなり昔の話の気がするが、マーチャント商会からウェルシーのミーの町に軍団を送られたことが二度。加えて、ニコラスは知らないようだけど、移動中のマーチャント商会の傭兵軍団を見つけ、こちらから先制攻撃で不意打ち的にやっつけたことが、一度あった。
ニコラスは、正面からわたしを見据え、
「マーチャント商会は、たかだか商人の分際ではありますが、その力は強大です。そのマーチャント商会の大軍を二度までも撃退されたということは、ウェルシー伯は、今や、この帝国で並ぶ者のない軍略家です!」
一応、誉められていると思っていいのだろう。悪い気はしないが、このようにわたしを持ち上げるということは、通例、ニコラスには何か思うところ(魂胆)があるに決まっている。先ほどのアース騎士団長の話では、ニコラスはマーチャント商会に対して強硬派とのことなので、論理の筋道に沿って考えれば、わたしをその気にさせて味方にして、マーチャント商会と一戦交えようということになろうか。
ニコラスは、さらにわたしににじり寄ると、決断を促すかのように、
「ウェルシー伯!」
「そうね……」
わたしは、ふと(特に意味もなく)視線を上方に向けた。ドラゴニアにマーチャント商会に対して戦争も辞さずという一派がいるなら、そちらに肩入れしてみるのも悪くない。ウェルシーから軍団をドラゴニアに派遣し、ドラゴニア騎士団の主戦派と連携すれば、もちろんメアリーやマリアと隻眼の黒龍の戦力は不可欠としても、戦術的には、それなりに「いい勝負」の形に持ち込めるのではないか。
問題は、どの程度の費用を見込まなければならないかだけど、この点についても……、多分、なんとかなるのではないだろうか(という、非常に楽観的な見通し)。
「マスター!」
ここで、プチドラが出し抜けに声を上げた。
「ワインが、ワインがぁ~!」
「えっ、ワイン?」
何かと思ったら、ワインの話とは……、これだから酒飲みは困る。ただ、プチドラがこれだけドラゴニアのワインに執着しているのであれば、「ドラゴニアからマーチャント商会を一掃し、ドラゴニアのワインを取り戻そう」と持ちかければ、喜んで協力してくれるだろう。むしろ、率先して戦いに参加してくれるのではないか。
わたしの隣の席では、アンジェラが「よしよし」とプチドラを慰めている。その光景を横目に、わたしの心は決まった。