毒入り危険?
御曹司の長い挨拶は、結論的には、無意味に時間をつぶし、彼以外の宴会列席者の気分を大いに害しただけに終わった。ゆえに、話が終わった時の騎士団の拍手・歓声といったら……、イヤなことから解放されたという意味で歓喜に満ちていた。
ちなみに、後に聞いた話によると、御曹司はいつもその拍手・歓声の意味を勘違いし、更に調子に乗ってエンドレスに喋り続けようとするらしい。この日は、ともかくもアース騎士団長が取りなし、宴会が開始された。
宴会場には、大きな皿に山盛りにされた料理、赤や緑や黄色など見た目にも色鮮やかなアルコール類が次々と運び込まれた。プチドラは「おお~!」と声を上げて小躍りしている。
しかし、騎士団長の反応はいまひとつ。「ふぅ~」とため息をつき、料理にも酒にも口をつけようとしない。他方、居並ぶ騎士たちは、「とりあえず酒だ」とばかりに、目の前に並べられたアルコール類を次々と空にしていく。
御曹司は、それを見て、大いにご満悦の様子で、
「我が忠勇なる騎士たちよ、大いに飲むがいい! これぞ、ドラゴニアの新たなる船出!」
ところが、アース騎士団長は「ダメだ、こりゃ」とばかりに、うつむいて何度か首を左右に振り、独り言なのだろう、しかし、わたしやアンジェラの耳によく入るように、ハッキリとした口調で、
「昔のように羽振りのよい頃なら、もっとうまい食事や酒を楽しめただろうに。今は、『うまい』とか『まずい』とか言う以前の問題だからな」
と、何やら意味深長な発言。
のみならず、プチドラも、出されたアルコール類をひととおり胃袋に流し込むと、ピョンとわたしの肩に飛び乗り、どういうわけか涙声になって、
「マスター、ワインが……、ワインがぁ~!!!」
プチドラの話によれば、アルコール類はハッキリ言えば粗悪品で、とても飲めたものではないという。そればかりか、メチルアルコールが混入している危険もあり、普通の人なら飲まないのが賢明だとか。ドラゴニアの財政状況は、債務の返済のため極めて悪化しているようだから、質は選ばず、とにかく安い(食べると危険なのも含め)食材や酒を揃えたのだろう。居並ぶ騎士たちは、一応、主君に恥をかかせるわけにはいかないので、腹をくくって、まずは怪しげなアルコールで、味覚をおかしくしてしまおうという作戦だろうか。ラブホテル、トロピカル熱帯雨林、美少女フィギュアに続いて……、表面的に奇抜さはないが、とんでもない宴会に招かれたものだ。
しばらくすると、若い男がひとり、外から静かに宴会場のドアを開けた。そして、アース騎士団長のもとに歩み寄り、耳元で何やらボソボソ。すると、騎士団長は「チッ」と、不機嫌な顔を一層不機嫌にして、御曹司のもとに歩み寄り、耳元で何やらそっとささやいている。
御曹司は騎士団長の話をきくと、「うんうん」と上機嫌に2、3回うなずいて立ち上がり、騎士団長を伴って、何も言わず、こっそりと忍び足で宴会場を出た。一体、なんなんだか。