予測不能・理解不能
そして、程なくして……
「ごるぁーーー!!! 金ぇ、払えぇぇーーー!!! ウキキキキィーーー!!!」
小さくて汚くて臭いスヴォールの予想どおりの内容の叫び声が、屋敷の庭に響いた。ただ、今のところ、声はすれども姿は見えず。一体、どこに隠れてるんだか……
ちなみに、常識人のニューバーグ男爵は、「はて?」と、本当にわけが分からないのだろう、目を白黒させて、事態の説明を求めたいのか、わたしに顔を向けている。
他方、ツンドラ侯は、売り言葉に買い言葉ではないだろうが、拳を振り上げ、
「何ぃ、『金払え』だと、笑わせんじゃねぇ! 誰だか知らないが、この俺様、無敵のエドワードがいる限り、びた一文、払ってやらないぞぉ!! 払ってほしければ出てこい、この俺様と勝負しろ、隻眼の黒龍と戦う前に軽く前祝いだ、ボロボロにしてやる!!!」
と、まことにツンドラ侯らしい、常人には理解不能な受け答え。
そして、2、3秒の後、ひと際高く、
「ウキキキキィーーー!!!」
今日は何度目か、スヴォールの聞き苦しい叫び声が屋敷の庭に響いた。同時に、屋敷の門の上には、星明かりに照らされた小さな人影が現れ(メガネの丸い形に星の光が反射している)、
「ウキキッ! そうか、そういうわけか、分かったぞ!! 払いたくないからって、用心棒を雇ったんだな。しかし、そんなことしても無駄だ、ウキキキキィー!!!」
と、いきなり門の上から大ジャンプを敢行し、体の大きさが自分の何倍もあるツンドラ侯に飛びかかった。
パターソンは、予測不能・理解不能なツンドラ侯とスヴォールの掛け合いを見て拍子抜けしたのか、少々間が抜けたような顔で、わたしの耳元に口を近づけ、
「あ、あの~、カトリーナ様……」
「これ以上言わなくても、言いたいことは、大体分かるわ」
と、わたしは「ふぅ~」と、大きくため息。そもそも、ツンドラ侯やスヴォールの思うところなど、わたしたちに理解できるはずがない。彼らの思考を推し量ろうとしても、時間の無駄に終わるだろう。
わたしは、ニューバーグ男爵に向き直り、
「とにかく、この場はツンドラ侯にお任せして、わたしたちは、宮殿における不始末に関し、善後策を検討することにしましょう」
「し……、しかし…… よろしいのですか?」
「構わないわ。ツンドラ侯が、あんなちっぽけな賊に負けることはないでしょう。ツンドラ侯はツンドラ侯、わたしたちはわたしたちで、すべきことをするだけです」
わたしは半ば無理矢理に、ニューバーグ男爵を屋敷の中の応接室まで引っ張り込み、パターソンには、とりあえず馬車の中の大きな袋に入った荷物を袋ごと応接室に運んでくるように、なお、ツンドラ侯とスヴォールの戦いには手出し無用、単に静観していればよい旨の指示を出した。




