宴会場
アース騎士団長がためらいながら宴会場のドアを開けた。わたしはアンジェラと顔を見合わせ、微妙に怖いもの見たさの心境で宴会場をのぞき込んでみたところ、予想に反し、至って普通。広い宴会場の正面には、御曹司を含む数人分の席が横向きに設けられ、そこからクラゲの足状に騎士団の席が縦に長く伸びている。よくある団体さんの忘年会や温泉旅行みたいな席の配置。変わったところは特にない。
「ウェルシー伯、お席まで案内いたします」
騎士団長は、わたしを先導し、正面の御曹司のところに進んでいく。常識的には、わたしは主賓として、ホスト役の御曹司と隣り合って座ることになるのだろう。それはそれでイヤすぎるけど、トロピカル熱帯雨林や美少女フィギュアと比べるとインパクトが薄い。
「えへへへへ…… ワイン、楽しみだなぁ……」
プチドラはわたしの腕の中で、顔をよだれまみれにしてニンマリ。これでは、宴会の間は頼りになりそうにない。
アース騎士団長は、わたしとアンジェラを御曹司の隣まで案内すると、
「ここがウェルシー伯とお連れの方のお席でございますが……、(ここで、微妙な間が空いた)どうぞ、ごゆるりと、おくつろぎ下さい」
わたしは、「フゥ」と小さくため息をつき、腰を下ろした。隣には、アロハシャツをさらにアロハにしたような、アロハ度3倍増しみたいな、なんとも言えないいでたちをした御曹司が満面の笑みを浮かべて座っている(なお、わたしの(御曹司とは反対側の)隣にはアンジェラが座り、その隣は騎士団長。つまり、わたしとアンジェラは、御曹司と騎士団長に挟み込まれるような形で席についた)。
御曹司は、ここで、すっくと立ち上がり、
「わが忠勇なる騎士団たちよ! 本日は、お日柄もよく、酒宴を開くには、おそらく最高の日だ。しかし、わがドラゴニアは、現在、非常に重篤な危機にあって……(云々)……」
宴会の場ではお決まりのパターン、責任者あるいは宴席で一番エライ人の「開会の挨拶」が始まった。誰からも求められず歓迎もされないはずだけど、なぜだか、このような席では付きものとなっている。
御曹司が喋っている間、居並ぶ騎士たちを正面の席から見渡してみると、難しい顔をして御曹司をにらんでいたり、うつむいてため息をついていたり、露骨にイヤな顔をして「チッ」と舌打ちしていたり、誰もが皆、話をマトモに聞いていない。普通なら、気に入らないことはあっても、表面上は聞いているフリだけでもするものだが……
アース騎士団長も腕を組み、何やらブツブツつぶやきながら天井を見上げている。御曹司は人望が非常に薄いようだ。騎士団でさえその状況なのだから、御曹司に気を遣う必要などまったくないプチドラは、「ブーブー」と大きな声でブーイング(御曹司は気付かずに気持ちようさそうに話しているが)。
「……以上の如くであるからして、我々が栄光の日々を取り戻すのは、もうすぐなのである!」
ようやく話が終わったようだ。隣にいながら、御曹司の話を全然聞いていなかったので、何が「以上の如く」なのかサッパリ分からないが、多分、大した話ではないだろう。