ドラゴニア侯の手紙
朝食兼昼食を終えると、パターソンは何やら意味ありげに、わたしに向けて身を乗り出し、
「ドラゴニア侯のことは御存知でしょうか。実は、少々……、いや、かなりややこしくなりそうな話なのですが……」
「えっ? ドラゴニア侯って、あの……」
ドラゴニア侯といえば、あの御曹司。知らないはずはないが、一体、なんの話だろう。
「これを御覧下さい。」
パターソンは、懐をゴソゴソとまさぐり、ドラゴニア侯からわたし宛の手紙を取り出した。
「なんなの? 絶対に有り得ないこととは思うけど、もしかして、ラブレター??」
「いえ、ラブレターではありません。おっしゃるとおり、絶対に有り得ない話ですね」
なんだか、ちょっぴり引っ掛かる言い方だけど、それはそれとして……
「昨夜遅く、ドラゴニア侯の使者が、この手紙を持って屋敷にやってきました。その時の話では、『ドラゴニア侯が、ウェルシー伯に会って話をしたいと曰っている。詳細は手紙に書いてあるので、よく読んでいただきたい』とのことです。何やら切羽詰まった様子でした」
わたしはパターソンから手紙を受け取り、目の前に広げた。目がチカチカするくらいに細かい字がビッシリと詰まっている。わたしは、2、3行、目を通したところでギブアップ、手紙を放り投げた。そして、「ふぅ」と小さくため息をつき、
「こんな、保険会社の約款みたいなの、わたしに読めるわけないでしょ」
すると、パターソンは「ははは……」と苦笑しながら、
「そうなるだろうと思いまして、先に内容だけ確認しておきました。勝手なことをして申し訳ありません」
「構わないわ。それで、何が書いてあったの? 『ややこしい』こと??」
「ええ、場合によっては、ややこしい話になる可能性もあるということです」
パターソンの説明によれば、ドラゴニア侯は、帝国宰相とツンドラ候が仲良くなって以来、すっかり干されてしまったのみならず、宰相とツンドラ候による「仕置き」まで受け、その結果、爵位と領地の召し上げは免れることができたものの、莫大な賠償金を支払うハメになってしまった。その支払いの方法は、まずはマーチャント商会が債務を肩代わりする形で国庫に金銭を納付し、その納付した金額を(当然ながら利子付きで)、今度はマーチャント商会がドラゴニア侯から取り立てるという手法。
支払いの方法はともかくとして、パターソンの言う「ややこしい話」とは、ここから先の話で、ドラゴニア侯が「旧知のよしみによる、たっての願い」として手紙に記載したところによれば、「マーチャント商会のごときが債権者としてドラゴニア領内を我が物顔にのし歩くのは許し難いことであり、ドラゴニアとウェルシーは言わば兄妹の間柄にあることから、喜び苦しみを共有するのが正しき人の道である」とのこと。
「ふ~~~~~ん……」
わたしは、必要以上に長い息をはき出した。なんだかよく分からないが、早い話が「助けてくれ」ということだろうか。これまでの浅からぬ因縁を思えば、虫の良すぎる話ではある。