煩悶
アース騎士団長は、少々戸惑いながらも、
「時間になりましたので、どうぞ、こちらへ。ドラゴニア産の珍味、名産品等々を取り揃えました。わが主君も仲間の騎士たちも既に席につき、ウェルシー伯をお待ちしています」
「あら、そう。それなら、早速……」
わたしはプチドラを抱いて立ち上がり、アンジェラとともに、アース騎士団長に続く。でも、その際に、何やら手首の辺りに違和感。見てみると、プチドラが「えへへへへ」とだらしなく口を開け、よだれを垂らしていた。ドラゴニア産のワインだっけ、これだから酔っ払い、いや、アルコール大王は困る。
アース騎士団長は別次元のような廊下をテクテクと、わたしを先導していく。
「え~…… お読みになりましたか?」
しばらく歩いたところで、出し抜けに騎士団長は言った。
「『契約書』のこと? 楽しく読ませてもらったわ。それにしても、あなたたち、随分えげつないことをするのね」
すると、騎士団長は「ふ~」とため息をつき、
「なんとも弁解のしようもありません。この度、ウェルシー伯をお招きした理由は、良く言えば知恵を絞り策略を巡らし、その契約書にサインさせるためなのです。明日の『話し合い』には、わが主君、ウェルシー伯、ドラゴニア騎士団主要メンバーのほか、マーチャント商会の代理人も出席する予定でして、満場一致の拍手に包まれながら、気持ちよく契約書の最後のページに名前を記入してもらおうと、こういうわけです」
わたしは「えっ!?」と、思わず足を止めた。御曹司の策略(それ自体)には驚かないけど、御曹司の味方であるべき騎士団長が、こうあっさりと御曹司の意図をくじくようなことを言って大丈夫なのか。あるいは、これも何かの策略なのだろうか。わたしは疑いの目をもって、アース騎士団長を見上げた。
「そのような目で見られると、辛いものがありますな。実は、我々騎士団一同、そのような、ハッキリ言えば悪辣な方法には反対だったのです。しかし、我々の立場上、最終的には、如何ともし難く……」
騎士団長の話によれば、御曹司の失策によりマーチャント商会に対する莫大な債務を負った日から、ドラゴニアの財政状況は劇的に悪化し、騎士団や領民の負担も極めて重いものとなってしまった。御曹司の直轄領のみならず、騎士団の知行地の多くに抵当権が設定され、仮に抵当権が実行されるならば、多くの騎士が路頭に迷うことになるだろう。そこで、苦肉の策として、御曹司にとって大いに含むところのあるウェルシー伯を巻き込んで、打開策を探ろうとして思いついたのが、今回のドラゴニアへの招待だったという。
わたしは眉間にしわを寄せ、
「でも、そんな重要な事実を…… そういうことは、常識的には『極秘』事項だと思うけど、わたしに漏らしてもいいの?」
「よくないですがね。しかし、騎士団としましては、そこは、ちょっと……」
何が「ちょっと」なのかよく分からないが、騎士団長は「あ~」とか「う~」とか体をよじって煩悶している。