マーチャント商会会長登場
後ろを振り向いてみると、そこにいたのは、果して、マーチャント商会会長(名前は例によって忘れた)だった。
会長は、非常に丁寧に片膝をつき(慇懃無礼な感じもするが)、
「先日は、ゆっくりと話をする時間もなく、御無礼をお許し願いたい」
「先日……というと、ああ、あの本社前のアレのことね。あれは、本当に、単なる事故あるいは正当防衛だから、勘違いしないでね」
説明するまでもないだろうが、「先日」の意味は、プロトタイプ1号機の性能テストをマーチャント商会本社前で行い、その際、同社の衛兵をボコボコでは済まないくらいの目に遭わせたことだろう。それ以外には、考えられない。
すると、マーチャント商会会長はニコリともせず、例によって台詞の棒読みのごとく、
「ウェルシー伯が正当防衛を主張するなら、それでもよい。ただ、以前も申し上げたと思うが、我々も商売人なのでね、あくまでも商行為として、話に応じるということですな」
この人の言うことも、独特の抑揚やイントネーションも相まって、意味がハッキリしない。でも、それはさておき、商行為が望みということであれば……
「わたしも商売の話は大好きなのよ。でも、会長の『商行為』とやらの具体的な話を聞かせてもらえないと、検討も何もできないわ」
すると、会長は「うんうん」と、二、三度うなずき(ただし、表情は変わらず)、
「であれば、こういう騒がしいところではなく…… 歩きながらでもよろしいか?」
わたしが「可」の意味を込めて軽くうなずくと、マーチャント商会会長は、「こちらへ」のようなジェスチャーとともに、わたしを先導するように歩き出した。
そして…… といっても、なんのことはない、宮殿の長い廊下をやや足早に歩きながら、
「こう言うのもなんだが、私も忙しいのでね。商行為の内容を端的に言おう」
マーチャント商会会長は、おもむろに口を開いた。
「ウェルシー伯、あなたが先日連れていた、完全自動殺人機械……あれは『プロトタイプ1号機』と言うのかね。端的に言えば、それを、生産設備や技術等も含め、購入したいということだ」
「あら、そうなの、それはまあ……」
わたしはそう言いつつ、立ち止まった。実を言えば、こうハッキリとダイレクトに来るとは、全然、思っていなかったわけで……
「ウェルシー伯、どうされたかな? 私が何か、妙なことでも口走ったのかね?」
マーチャント商会会長は、あくまでも、まるで能面あるいは鉄仮面のごとく、まったく感情のこもらない表情で言った。
わたしは、「あ~」とか「う~」とか、内心のちょっとした驚き・戸惑いを表に出さないようにしつつ(とはいえ、マーチャント商会会長も、多分、交渉事は百戦錬磨だから、既に動揺は見透かされているだろう)、
「『プロトタイプ1号機』を買いたいということね。そういうことなら……」
はてさて、どう答えるか……




