金を払え
マーチャント商会から戻ったわたしは、屋敷の応接室で紅茶とお菓子を用意し、(少なくともわたしの主観的には)優雅な午後のひと時を楽しむことにした。ただ、わたしのすぐ前(紅茶とお菓子を置いた机の向こう側)には、何を考えているのか、プロトタイプ1号機が「きをつけ」の姿勢で立っている。
「あの~…… え~と…… まあ、いいか……」
わたしは、プロトタイプ1号機に「少しは察しなさいよ」と言いかけたものの、思い直して、その言葉を飲み込んだ。重武装人造人型兵器を相手に説教めいたことを言っても、意味はなさそうだ。かといって、あのスヴォールに改修を頼む気にはならないし……
それからしばらくして……、パターソンが脇に書類の束を抱えて現れ、
「カトリーナ様、おくつろぎ中、失礼します。実は、少し言いにくいことですが……」
「言いにくいって、何が? ただ、言いにくくても言わなければならないなら、結局は、言うしかないんじゃない?」
「ええ、確かにそのとおりなのですが…… とりあえず、これを御覧下さい」
と、パターソンが示したのは、汚い紙の上に、判読しがたいほど汚く書かれた数字の羅列だった。
わたしは、思わず(漫画的表現による)目を点にして、
「パターソン、これは、一体? 全然、想像すらつかないんだけど……」
すると、パターソンは、おもむろに咳払いをして、
「これは、つまり、あのスヴォールからの請求書です」
パターソンの話によれば、ほんの今し方(わたしやパターソンが屋敷に戻った直後くらいのタイミングで)、どういうわけかスヴォールが屋敷にやって来て、成功報酬や追加費用等々の名目で、要するに「金を払え」と、わざわざ言いにきたらしい。
パターソンは苦笑しつつ、
「スヴォール曰く『近いうちに、また来る』ということです。ともあれ、一応、カトリーナ様が依頼されていた重武装人造人型兵器の研究が完成し、そのプロトタイプ1号機を受領したわけです。お金を払わないわけにはいきませんが……」
「そうね。確かに、そのとおりだけど……」
わたしはそう言いかけて、プロトタイプ1号機を見上げた。契約理論上……というほど大袈裟な話ではなく、「約束は守れ」程度の社会通念上の問題としても、スヴォールに頼んでいた研究が完成したのだから、代金を払わなければならないのは当然の道理ではある。
「でも、なんだか……」
「マスター、どうしたの? もしかして、代金を踏み倒そうと思ってるとか……」
プチドラは、どことなく冷ややかな目で、わたしを見上げた。
「いえ、別に、踏み倒すつもりじゃないのよ。ただ、そうは言っても、このプロトタイプ1号機の性能に見合った金額にしたいと……、つまり、値引き交渉の余地くらいは、あるんじゃない?」
ただ、そうは言いながらも、わたしの内心は、代金の踏み倒しという決定に限りなく近づきつつあるみたいな、そんな状況。




