ツンドラ侯来襲
わたしは、少々脱力感を伴い苦笑しながら(ここは、笑う以外ないだろう)、
「ツンドラ侯が総大将……ではなく、先鋒軍司令官ですか。まあ、なんともはや……」
「彼が指揮官ということは、ある意味、既定路線と聞いていたのですが、正直、あれほどハチャメチャな男とは……」
アース騎士団長は、「ああ」と頭を抱えた。騎士団長によれば、ツンドラ侯を司令官とする先鋒軍は、予想を遙かに上回るスピードでもって、ウェストゲートの町を通過、南東方面からドラゴニア領内に侵攻し、ドラゴニア騎士団には抵抗する気がないにも関わらず、問答無用で攻撃をかけてきたという。
「なるほど……」
と、わたしも、ある意味、納得。例によって「問答無用」とは、ツンドラ侯らしい、非常に分かりやすい行動様式ではある。
「でも、それだけではないのですよ。ヤツらといったら! 邪魔にしかならない!!」
騎士団長の言う「ヤツら」とは、ツンドラ侯ではなく、三匹のぶたさん(アート公、ウェストゲート公、サムストック公)の派遣した騎士団(のうち、現地駐在要員)のこと。すなわち、ツンドラ侯の攻撃に対し、全員でおとなしく降参すればよかったものの、彼らだけで「騎士の誇りにかけて」とか言って独断で反撃したものだから、ツンドラ侯の怒りが爆発し、とにかく、「ものすごい」、それ以外に表現する言葉が見当たらない大惨事となってしまったとのこと。
つまり、戦う気のないドラゴニア騎士団は、犠牲を出しながらもどうにか逃げ延びることはできたが、三匹のぶたさんの派遣した騎士団は、ほぼツンドラ侯一人の手により、ただ一人の例外もなく殺戮し尽くされたという(そのため、彼らの指揮官であり代表者でもあるやかましい三人組に、ツンドラ侯率いる先鋒軍来襲の報が伝わらなかったと考えられる)。以上の内容が、数日前の「御注進」の内容だという。
なお、今し方の「御注進」は、ツンドラ侯の騎馬軍団がドラゴニアン・ハートの町に迫っていることと、ドラゴニア騎士団としては一切抵抗していない旨を伝えるためだったとのこと。
アース騎士団長は、ここでふと南東方面に目をやり、
「あっ、ああーーー、もう間に合わない!」
と、これで何度目だか、もう一度、大きな声を上げた。
少し前までは白いもやっとした物体のようにしか見えなかったツンドラ侯の騎馬隊は、今や、先頭を走るツンドラ侯の姿形がクッキリ分かるほどに近づいている。「うぉー」とか「とぁー」とか、ツンドラ侯率いる騎士たちの雄叫びの音量も、次第に大きくなってきた。
アンジェラは、背後からわたしにピタリとくっつき、
「お姉様、これは、もしからしたら、非常にまずい状況ではないでしょうか」
「いえ、もしかしなくても、この状況は、一般論としては、非常にヤバいわ」
このまま手をこまねいて見ていれば、ツンドラ侯のことだから、ドラゴニアン・ハートの町に真っ先に突入し、その結果、町に血の雨が降り注ぐことになるだろう。




