契約書
プチドラはわたしの肩に飛び乗り、その分厚い冊子をのぞきこむと、わたしの耳元でそっと、
「マスター、これは、債務の更改の契約書みたいだね。詳しい内容は、よく読んでみないと分からないけど、なんだか、怪しげな感じがする。明日の『話し合い』は、十分注意して臨まないと」
プチドラに言われるまでもなく、この冊子からは、怪しげな匂いがプンプン漂ってくる。
のみならず、アース騎士団長の口からも、
「こんなことを私から言うのもどうかと思うのですが、ウェルシー伯、自ら渦中に身を投じるのは、賢明な選択とは言えますまい。このような田舎よりも、帝都の方が過ごしやすいのではないですか」
遠回しな言い方だけど、今すぐに帝都に戻れという意味だろうか。ますますもって怪しい。
でも、わたしは、何も分かっていないフリをして、
「確かに、帝都の方が娯楽は多いですね。でも、ここにはここの良さもあるのでしょう」
すると、アース騎士団長は「ああ」と額に手を当てて天を仰ぎ、
「明日の『話し合い』というのは、ここだけの話、実際には、その……」
こう言いかけたところで、騎士団長はハッとして口をつぐみ、悩ましげに手を頭に当てて「う~ん」と考え込んでしまった。この先は、御曹司から口止めされているのだろう。
やがて、アース騎士団長は顔を上げ、
「とにかく、この契約書をよく読み、くれぐれも油断なされぬようにすることです」
契約書!? わたしは思わず大きく目を見開き、アース騎士団長を見つめた。こちらが質問する前に、あっさりと、騎士団長自らが「契約書」と自白してて手の内を明かしてしまったことになるが……
騎士団長は、何事もなかったかのように(本当に自分の言ったことに気がついていないのか、あるいは、気がついていないフリをしているのか)クルリとわたしに背を向け、
「では、これから、お部屋まで案内します」
アース騎士団長は、わたし(及びプチドラとアンジェラ)を先導し、ドラゴニアン・ハート城の別の次元の世界のような廊下を、ゆっくりと進んでいった。
騎士団長は、うっかりなのか意図的なのかは知らないけど、ハッキリ「契約書」と言った。これは、どういうことだろう。明日、この契約書がドラゴニア領内の騎士たちを集めた「話し合い」に資料として供され、「話し合い」の最後には、満場一致の拍手でもって締め括りが行われるという。しかも、御曹司は、「この契約書をわたしに読んでもらいたくない、契約書とも認識してもらいたくない」と思っているようだ。ということは……、この契約書の内容をよく吟味してみなければ確実なことは言えないが、とにかく、怪しすぎる。
しばらく廊下を歩いたところで、アース騎士団長は、うつむき加減に、
「この部屋をウェルシー伯のために用意しました……が、しかし……」
これまでの流れからすると、この部屋でも、何やら「悪い意味」でビックリするようなことがありそうな雰囲気。部屋の扉には、「大安室」という怪しげなネームプレートがはめ込まれていた。