分厚い資料
御曹司は大喜びで、わたしの手を取ろうとした。でも、その瞬間、わたしはサッと体を引いたので、御曹司は少々勢い余って「おっとっと」。しかし、背後に付き従っていたアース騎士団長が、しっかりとした両腕で御曹司の腰の辺りをガシッと捕まえたので、結論的には事なきを得た。
御曹司は、気を取り直すようにゴホンとひとつ咳払いをして、(わたしから見て正面に置かれている)丸太でできた椅子に腰掛け、
「ウェルシー伯、遠路はるばる御苦労であった。ともに讃えよう、わがドラゴニアとウェルシーの絆は、永遠であることを!」
「はあ、それは、よかったですね」
「うむ、よかった、よかった。やはり、わがドラゴニアは永遠に不滅なりだ!!」
皮肉のつもりが、御曹司には、通用しなかったらしい(気付かないフリをしているなら、それなりに大物かもしれないが)。
御曹司はグイと身を乗り出し、
「ウェルシー伯、今日は城内で、ごゆるりと過ごされるがよいぞ。明日は、わが領内の騎士たちを集めて、ドラゴニアの危機について話し合いを行うのだが、その話し合いには必ず出席していただけるのだろうな」
人にものを頼むにしては、文法的に問題がありそうな言い方だけど、それはともかく、
「ええ、まあ、そのために来たのですから」
すると、瞬間、御曹司の目がキラリと光り、
「おお、それはよかった。で、あるなら、その話し合いの締め括りには、満場一致の拍手を送るという、わがドラゴニアの慣習にも従ってもらわねばならない。よろしいな!」
なんだか怪しげな雰囲気。しかし、行きがかり上、NOとは言えなさそうだ。
わたしは軽くうなずき、
「慣習ということなら、仕方ないですね」
「よしっ!!!」
御曹司はにわかに立ち上がり、小躍りして言った。何が「よしっ!!!」なのだろう。
「では、後のことは、騎士団長によろしく! 質問などあれば、彼にきいてくれ。ああ、そうだ、言い忘れいたが、今晩はウェルシー伯歓迎の宴を催そう」
御曹司はアース騎士団長の肩をポンとたたき、スキップするようにして、ジャングルのような応接間を出た。
アース騎士団長は、「ふぅ~」とため息をつきながら、電話帳のような分厚い冊子を取り出して机の上に置き、
「これは、明日の『話し合い』の資料です。わが主君は、『こんなもの、読まなくてもいい』とは申していますが、やはり、よく読まれるのがよいと思いますよ」
アース騎士団長は、済まなさそうな顔でわたしを見つめている。
わたしは、その冊子を開き、パラパラと適当にページをめくった。何を書いているのかよく分からないが、細かい字がビッシリと詰まっている。まるで、よく読まずに契約すると後から泣きを見るという、保険会社の約款のようだ。