危険飛行
隻眼の黒龍は、ご隠居様の城を発つと、来た時とは反対方向、すなわち、南東方面に向かって、まっすぐ……とは言いがたいが、とにかく、飛んだ。
「マスター、よかったねぇ~、えへへ…… 今回は引き揚げるけど、また来ようよ」
隻眼の黒龍は、御機嫌に言った。本当に久々に本物のドラゴニアワインを飲んで、大満足といったところだろう。
ところが、大満足なのは、隻眼の黒龍だけで……
「きゃっ! お姉様、こわい!!」
「ちょっと! そんな無茶な飛び方、やめなさいよ!!」
まだアルコールが抜けないのか(連日連夜飲みまくってたのだから、これもむべなるかな)、今日の隻眼の黒龍は、さながら乱気流に突っ込んだ旅客機のごとく、黒龍の背中をしっかり捕まえていないと振り落とされそうなくらい、上下左右にカックンカックンと激しく揺れている。
「ごめんね、マスター。でもぉ~…… おいしかったなぁ~」
どうやら、今日の隻眼の黒龍には、何を言っても無駄っぽい。
わたしとアンジェラは、隻眼の黒龍の背中の上にて生命の危険を感じ続けること1日半、精神が崩壊を迎えようとした時になって、ようやく原色でコテコテ塗り固めたようなドラゴニアン・ハート城の影を目にすることができた。
「あっ、あれは! お姉様!! わたしたち、助かったのですね!!!」
「とりあえず、命だけは無事だったみたいね」
わたしは、ホッと一息。ところが……
その時、突然、隻眼の黒龍が、なんの脈絡もなくカクーンと急降下して、
「ごめんね、マスター。ちょっと気合いが…… えへへ…… もう少し飲みたいなぁ~」
こうなると、もはや、なんとも言いようがない。
ともあれ、隻眼の黒龍は、程なくして、ドラゴニアン・ハート城の中庭にヨタヨタと降り立った。わたしもアンジェラも、一応、どうにか無事。今回は、命があっただけで、良しとしよう。
中庭で、わたしは子犬サイズに体を縮めたプチドラを抱き上げ、独り言のように、
「さて、いつものパターンだけど、そろそろアース騎士団長のお出ましね」
ちなみに、プチドラはすぐに、わたしの腕の中でスヤスヤと寝息を立て始めている。さすがの自称「アルコール大王」も、永久に飲み続ける無限のスタミナを手にしているわけではないということだろう。
でも、それはそれとして……
「おかしいわね。今日に限って、どうしたのかしら?」
わたしは、「ハテ」と首をかしげた。毎度のパターンであれば、隻眼の黒龍が中庭に降りるや、間髪を入れず、アース騎士団長始め騎士団の面々が駆け出してくるはずだけど、今日は、玄関の扉が閉じられたまま、ピクリともしない。一体、どうなっているのだろう。




