普通じゃない
アース騎士団長は、「ふぅ~~」と、今度は少々長く嘆息し、
「困ったものだ。こんなことになるくらいなら……」
独りで何やらブツブツとつぶやいていたが、やがて、わたしの方に向き直り、
「失礼いたしました、ウェルシー伯。このところ、暗い話ばかりでしてね……」
わたしは、どのように言葉を返してよいものやら分からず、とりあえず「はあ」と適当にうなずき、愛想笑い。
騎士団長も、取り立てて意味はないだろうが、「ははは」と苦笑いしながら、
「こんなところで立ち話していても仕方がないですな。ウェルシー伯、どうぞ、とにかく、こちらへ」
と、わたしを手招きし、自らも城内へと歩きかけた。すると、今までひっくり返っていた騎士団長の息子、ニコラスが、慌てて、かぶっていた兜を脱いで立ち上がり、
「父上、どのような話か知りませんが、この私も、是非、同席させていただきたい!」
ところが、アース騎士団長は、にべもなく、ひと言。
「いや、今は、おまえの出る幕ではない」
わたしは、子犬サイズに体を縮めた隻眼の黒龍すなわちプチドラを抱き上げると、アンジェラを伴い、恨めしそうにわたしをにらむニコラスを尻目に、アース騎士団長の後に続いた。ドラゴニアン・ハート城内も、ラブホテルのようなけばけばしい外観と同様に、よく言えばアバンギャルド、そして、悪く……ではなく、普通に言えば、意味不明な、コテコテの塗装や間の抜けた調度品に彩られていた。
アース騎士団長は、「ふぅ」と短く息を吐き出し、
「普通じゃないでしょう、うちの主君は……」
「ええ、まあ、普通ではないと言えば、そう言えるかもしれませんね。なんと言いますか、何やら、独特のものを感じます」
「いや、正直におっしゃってもらって結構ですよ。実は、当初、帝都にある屋敷が、このような、常人には理解しがたいデザインに改装される予定だったのです。でも、さすがにそれは、ちょっとね」
騎士団長によれば、御曹司は、かつて、自らの天才(!?)ぶりを世に広く知らしめたい一心から、帝都にある屋敷の大改装を計画していたという。しかし、騎士団は全員の署名でもって、「もし、こんな恥ずかしい計画が実行されるなら、帝国法務院に主従関係を解除する訴えを提起する」と猛反対し、その結果、ドラゴニアン・ハート城の改装で妥協したとのこと。この人はこの人で苦労しているようだ。
別の次元に迷い込んだような廊下をしばらく歩いたところで、アース騎士団長は不意に足を止め、
「ところで、ウェルシー伯は聞いておられますかな? ドラゴニアの債務の処理方法ですが……」
騎士団長は、わたしに顔を向け、しかし、なるべくわたしと視線を合わせないように努めている様子。これほどあからさまな挙動不審ということは、やはり何かありそうな気配……