アース騎士団長のため息
アース騎士団長は、もう一度「ふぅ~」と大きく息を吐き出し、
「こういうわけで、ヤツらをどうしたものかと…… 正直、困り果てています」
「そうですね。闇討ちでこっそりと始末することができないとすれば……」
わたしは独り言のように言った。アース騎士団長は、ドラゴニアにツンドラ侯の騎士団を中核とする諸侯有志連合軍を派遣することが決まったことを、まだ知らないのだろう(わたしとアンジェラは、派遣が決まった翌日、恐らくこの世界で最速の隻眼の黒龍に乗ってドラゴニアを訪れている。仮に、帝国宰相が情報をアース騎士団長に伝えるべく、派遣が決まった直後に早馬を出発させたとしても、隻眼の黒龍のスピードには及ばないだろう)。
今後の予想としては、現実に連合軍が編成され、帝都を出発するくらいになれば、帝国宰相から「恭順の意を示せば悪いようにしないから、戦わずして降服せよ」みたいな手紙が、アース騎士団長に届くのではないか。こういう展開ならば、連合軍の総大将は、勝って箔を付ける意味で、あのローレンス・ダン・ランドル・グローリアスで決まりだろう。また、ドラゴニア騎士団が戦わずして降参すれば、そのグローリアスを新しい主君として受け入れる意思が示されたと、世間に広く宣伝することもできるので、帝国宰相としては万々歳だろう。
「そうか、だったら、心配しなくても……」
と、わたしは、再び独り言。アース騎士団長は、意味が分からずに「はて?」と首をひねっている。わたしが「心配しなくても」とつぶやいたのは、三匹のぶたさん(アート公、ウェストゲート公、サムストック公)に、帝国宰相の意向に刃向かうような形でドラゴニアに騎士団を駐留させておく根性はないだろうと思ったから。実際、「ドラゴニア問題検討委員会」の際にも、ぶたさんたちはツンドラ侯に一喝され、悲鳴を上げていた。もうしばらくすれば、三匹のぶたさんから各々の騎士団に本国への帰還命令が届くのではないだろうか。
わたしは、とりあえずの愛想笑いを浮かべながら、
「難しい問題ですが、希望的観測も含め、恐らくは、なんとかなるかと思います」
「そうなるよう祈ります。もちろん、なんとかならなければ、本当に困るわけですが」
アース騎士団長は更にもう一度、「ふぅ~」と大きくため息をついた。帝都における政治状況を詳しく説明すれば、少しは安心するのだろうが、多分、そこまでする必要はないだろう(面倒だし……)。
わたしはアース騎士団長に、軽く会釈程度に頭を下げ、
「何はともあれ、今日は懇切なる分かりやすい御説明、どうもありがとうございました。ドラゴニアの事情は、だいたい、飲み込めました」
「いえいえ…… 御丁寧に恐れ入ります。では、私は、これから……、はぁ~」
アース騎士団長は、これで四度目だろうか、しかし、今度は一段と大きなため息をついた。
「あの、騎士団長、今の『はぁ~』とは、一体? 何やら意味ありげですが……」
「いえ、どうということは……と言いますか、ちょっと家庭の……、いや、これは……」
アース騎士団長は、今になってどういうわけか、話し方が不自然になっている。「家庭の」というと、いわゆる家庭の事情以外には考えられないが……