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タンポポとクモ

作者: 山田助兵衛

 川原には様々な生き物が溢れていた。そしてその片隅には一輪のタンポポが咲き、その側には一匹の蜘蛛( クモ )がいた。

「ほらよ、見つけたぞ」

 そのクモがくわえてきた物をタンポポの根本に置いた。それは小さな小さな赤いガラスの石だった。

『ありがとうございます、クモさん』

「やれやれ……何でワシがこんな物を運ぶ羽目に」

 器用に脚で身体を掻きながらぼやくクモに、タンポポは微かに身を揺らして言った。

『そう言いながらも傷が付かないように運んでくれましたね』

「ふんっ、単なるひま潰しだ」

『とはいえ、これをどうやってあの子に返したら良いものか……』

 タンポポはあの日を振り返る。自分をあの子が見つけてくれた日のことを。


 その小さな女の子はどうやら偶然河原に来た際に、そのタンポポを見つけたようだ。一輪だけ、陸橋の下の堤防の割れたすき間に生えていたタンポポがたまたま目についたのか、小首をかしげて「タンポポさんひとり?んーと、それにお花ってお日さまがひつようとか先生が言ってなかったっけ?」などとつぶやき、それからきょろきょろと辺りを見回して落ちていた木の板なんかを拾い、タンポポの根本を掘り出した。

 そしてだいぶ時間をかけてタンポポを根から掘り出すと、それを陽当たりのいい場所に移して埋め直してくれた。

「よし!それじゃキレイに咲いたか見に来るね!」

 手や顔を泥だらけにしながら女の子は笑ってどこかへ帰って行った。

 そのときに彼女の髪から何か小さな光るものが落ちたのだ。


「ワシはその木の板の陰で寝ていたところを叩き起こされて散々じゃったが……」

『見ていたのですね?』

「まあ、何が起こったのかは気になったからの」

『でも、あれからあの子は来ませんね……』

 それから幾日かが経ち、タンポポがすっかり花を咲かせても、女の子は姿を見せなかった。

「…………そうさの」

 クモは女の子が着ていた服や身にまとう独特の匂いが何であるか知っていた。あれは人間が病院と呼ぶところにいる者の特徴だった。恐らくは土手の向こうに見える大きな病院から来たのだろう。実際にこの河原は車の通りも少なく、広々としているために入院患者の散歩コースによく使われていたのだ。


 同じ頃、その病院のある一室ではその女の子が小さな髪留めを見つめながら表情を曇らせていた。それは、親しいともだちからもらった大切なものなのだが、その髪留めの一番小さな赤いガラスの石が無くなってしまっていた。

 気づいたのは以前に河原へ行った日なので、もしかすると河原で取れてしまったのかもしれないが、あれから彼女の体調が思わしくなく、外出はできなくなっていた。

「……タンポポもう咲いてるかな……」

 ベッドの上で彼女はぽつりとつぶやいた。


 いつしか花開いたタンポポもふわふわの綿毛をまとい、種を空に飛ばす時が来た。

『この種が舞い散ればわたしの役目は終わります』

「……そのようだな」

 最近少し口数が減ってきたクモがタンポポを見上げた。

『できればこの綿毛のようにこの石もあの子の元へと飛ばせればよかったのですが』

 そして根本には少し土などで汚れたものの、いまだに赤い石が転がっていた。

「ワシらにとってこんな重い物をか?明日辺りは風が強くなりそうだが、さすがにこれは飛ばぬな」

『そうですね……』

「ふむ……。だが、ワシも最後にもう一度だけひま潰しをしてみようと思うのだが、協力してはくれぬか?」

『?━━構いませんが、私なんかにできることがあるのでしょうか?』

「さて?どうだろう。まあやってみるかの」

 そう言ってクモはのそのそと動き始めた。


 次の日。やや強い風が時おり吹く、新しい命を旅立たせるには絶好の日。

 やや回復の兆しが出てきたあの女の子は、病院の敷地内ではあるがこうして車椅子に乗って中庭でのんびりする時間を楽しみにしていた。ただ、天気は良いもののこの風では看護師が心配してすぐに戻らなくてはならないかもしれない。

 空を見上げれば風に乗ってタンポポの綿毛がちらほら飛んで行くのが見える。

「ん?」

 しかしその中に、奇妙なものを女の子は見つけた。

 それもタンポポの綿毛のようだったが、それにしてはやけに大きくゆっくりとこっちへ向かってくる。

 女の子は車椅子を動かしてそれを追いかけ、なんとかキャッチすることができた。

 それは数十個にもわたる綿毛がまとまったもので、種の辺りにはクモの糸が繭のように丸く固まっていた。

「あれ?これって━━?」

 その中に見覚えのある色が透けて見えた気がして、女の子はその繭をそっと開いてみた。すると━━。

「これ、あたしの髪留めの!?」

 中からは、無くしたはずの赤いガラスの石が転がり出てきて、彼女は驚いてしばらく空を呆然と見上げていた。


『うまく届きましたでしょうか?』

「さあ……。後は運しだい、かの」

『お疲れさまでした、クモさん』

「あー……本当に疲れた。あんなに糸を出したのも久々だ……。おい、ワシはもう休む。根本を借りるぞ」

 そう言ってクモはのっそりとタンポポの側に寄り添い、身体を丸めた。

『……おや』

 一瞬風が吹き、タンポポに残っていた最後の綿毛が空へと舞った。

『……これでわたしもお疲れさま、でしょうか……クモさん』

「…………」

『クモさん?』

 クモはもう返事をしなかった。

『……おやすみなさい。わたしはもう少しだけこうしています』

 タンポポとクモの上には無数の新たな命が空に向かって広がって行った。


 それからどのくらいの月日が流れたのか。昔とあまり変わらない光景の河原では、小さな女の子が元気に走り回っていた。

「あんまりはしゃぐと転ぶわよ!?」

「はーい」

 と、そのままの勢いで女の子は母親の腕の中に飛び込んだ。

「ど━━ん」

「はい、どーん、と」

「あ、お母さん。わたしの髪留めは?」

「はいはい、これを付けるならあまり走り回ると無くしちゃうわよ」

「うん!」

 その子の髪には、いつかの髪留めがちゃんとすべてのガラスがそろってキレイに光っていた。

「わたしこれ好き!お母さんも昔つけてたんだよね?」

「そ。それからね、この髪留めにはちょっと不思議な出来事があったのよ?」

「聞きたい聞きたい!」

「それはね━━」

 その親子の前では今日もタンポポが微かな風に揺られていた。

……ファンタジーが過ぎたでしょうか。ちなみにタンポポの根は通常で50㎝~1メートルもあるので子供には掘れません(ほら興ざめ(^_^;))。

せめて根が延びないところに生えたとしか……。


あと、クモが苦手な方はごめんなさいm(__)m。

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