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甘いだけじゃないシリーズ

甘いものには苦いものがよく合うそうですの

作者: 陽向楽


「ふふ、貴方を見ていると本当にマリーを思い出しますわ」


対面で頬笑むのは、全てにおける私の師匠。

エルネスタージャ・ド・ヴィレ・マクストウェルザー。

マクストウェルザー公爵家の先々代公爵夫人。

先代国王陛下より戦争終結への功績を称えられ、王家から出た準王族が一代限り名乗る、[ド]という特別な名を使うことを許された方。

母が大切にしていた手紙の主。

私の目指す(いただき)にいる方。



師匠に様々な稽古をつけてもらうようになり、半年。

マナーや基礎的な教養は淑女のラインから見て及第点、高位貴族として領地や領民を守るための知識は当主を目指すには不足、実務の能力は駆け出しの執務官相当と判断された。

中位貴族としては優秀ではあるものの、高位貴族として考えれば拙いところが目立つ、これからゆっくりと学べるならば現状のままでもいいが侯爵家を守る力を得るには圧倒的に時間が足りない、と指摘を受け歯噛みしたのも懐かしい。


女の身で侯爵家を守るなら社交と屋敷内の管理を、男の身で守るなら社交と領地の政務を。それができて、初めて侯爵家を最低限維持できるだろうと教えられた。

さらに繁栄させていきたいならば、それ以上の功績が必要で、何か突出した才能がなければまず無理なのだと。


女と男では社交の内容も異なる。

女の身だから、と知らないままでは足下を掬われる事も多い。

夫となる殿方に任せる気でないのなら、男女両方の守り方を知るべき。

学び、試され、修正されて、まずは第一段階を乗り越えた。


厳しい稽古として受けていたお茶会が、最近は憩いとしても楽しめるようになった。

実際に師匠以外の高位貴族のお茶会参加できるようになるのは、準成人のお披露目を終えてから。硬くならないで楽しめるようになったのは相当有利だと師匠は誉めてくれる。時々ご褒美だと母の思い出話や装飾品などを与えてくれた。



「お母様とわたくし、似ているところがございますの?」


身体が弱く、穏やかに微笑みながら執務に向かう母は私の誇りであり、師匠と同列の目標でもある。けれど、私自身に母と似たところがあるかと考えるとなかなか出てこない。



「ええ、マリーも結構な頑固者で、表に出さないけれどとても才気溢れる淑女でしたわ。貴方の方が才能には恵まれているけれど、マリーも相当な才女でしたのよ?」


いい子、と頭を撫でてくれる手に満たされながら、その言葉の意味を考える。


「お母様を知る遠縁の方々は、お父様と結婚出来た運の良さ以外に才能はないと言われておりました。もちろん、わたくしはお母様を敬愛しておりますけれど!」



師匠に指導をもらうようになり、母の緻密な仕事振りは、他の貴族より優れていることや私が政務の手伝いが出来るほど、系統がまとまり分かりやすかったと気付くことができた。


膨大な量の資料やその比較は、処理能力が高いからこそ滞ることなく成し遂げ、領地を潤すことができた。

より良くするための方向性ひとつとっても貴族と平民では見ている部分が違う可能性もある。

貴族の初期投資が平民からはただの散財ととられることもある。

必要なことは周知させ、領内を視察に行くことが多く、また領民からお礼や笑顔を向けられることを喜んでいた。


そして、常に安定している訳ではないという意識で細かなところから目を離さなかった母。

平民が困窮していないか、領内で異変がないか、何か領内で取り入れられる農業や産業はないか、技術者が留まってくれるような領にするにはどうしたらいいか。


他の貴族と比べても大領地を持つ公爵位の当主と遜色がないくらいの仕事だった、と師匠に教えられた時にはしばらく放心してしまったけれど。



「まあ才能で言えばエドワードも鬼才と呼ばれる程ですもの。その娘であり努力を続けている貴方なら、マリー以上の力を持って侯爵家を繁栄させることができるはずですわ」


いつも以上に誉めてくれる師匠。

もうすぐ師匠が定期的に行っている近隣国の訪問があり、しばらく稽古はお休みだからだろうか。




「ああ、準備ができましたわ。セシリー、今日はこれでケーキをいただきましょう」



会話が落ち着いた頃、飲んでいた紅茶が下げられ黒々とした液体の入ったカップが目の前に置かれた。続けて季節の果実とクリームが色鮮やかなケーキが並べられる。


「あの、エルネスタージャ様?これは紅茶なのですか?」


お茶会とは紅茶で喉を潤しながら自分の欲しい情報や縁を集めるところ。日中の社交場であり、最も頻度の高い社交。

主催者であれば高価なもの、珍しいものを並べその家の豊かさや流通の強みを持っていることを示し、招待者はその並べられたものの真価を読み取り今後の縁を考える。


しかしこの黒々とした液体はそもそもどういったものなのかもわからない。

今まで覚えた紅茶の種類とは違う匂いに色。

師匠が一緒に飲まないならば飲むことを躊躇っただろう。


「これは西の国の豆から作られたコーヒーというものですわ。わたくしが各国を歩き気に入ったもののひとつですの。早いかとも思ったのですけれど、セシリーにも気に入っていただけたら今度はお土産にできますもの」


にこにこと笑う師匠はその液体を飲んだ。

美味しそうに口を綻ばせるのを見れば、不味いものではないのかな、と背中を押され口にする。


「うっ!?…けほっ!」


苦い!!


舌を刺す苦味がほんの少し液体を含んだ口の中で広がった。

涙が出そうになるのをどうにか抑えて師匠を見れば、いつもの笑みよりちょっと意地悪そうな笑い方だった。


「ふふ、セシリーの驚く顔を久しぶりに見れましたわ。ああ、ごめんなさいね。毒でも嫌がらせでもないですわよ?でも、わたくしとのお茶会だからと警戒心が全くなかったでしょう?信頼されていてうれしいですけれど、身を守る(すべ)は例えわたくしやエドワードとの他愛ないお茶会でも常に意識するべきですわ」



目の前で注がれた飲み物以外は基本的に口にしない。

器をよく見て異変がないか確認する。

主催者などの相手が飲んでからほんの少し舐める程度で様子を見る。


優雅にお茶会という社交をこなすと同時に、自らの命も守らなければならない。

毒で殺されることだって、そう珍しいことではない。


社交で人と会う時には必ず守るよう教えられた大切なこと。



「わかりました。以後、気を付けますわ」



まだ苦味が残る口のなかに苛まれながら答えると師匠は一層、笑みを深くした。


「お稽古はこのくらいね。ケーキをお上がりなさいな。このコーヒーはとても苦く感じるでしょう。でも、よく味わうと酸味や甘味も感じられますのよ?ケーキと一緒にいただくのも良いですし、まだ苦味が苦手ならミルクや砂糖でまろやかにできますわ」



半信半疑ながらケーキを食べると、いつもより細かなクリームの甘味や果実の酸味を味わえ驚いた。

おそるおそるもう一度コーヒーという液体を口に含むと、やはり苦いものの口のなかがさっぱりとし、意識がハッキリとした気がする。



「美味しいです…まだ、コーヒーだけをいただける自信はありませんけれど。疲れたときや眠いときにもいただきたいですわ」



「まあ、うれしい!わたくしの家族でも息子ぐらいしかこの美味しさや効能を理解していませんわ。セシリーのお土産にいろいろな豆を持ち帰りますわね」






西の国との流通が最も盛んになる少し前から、女侯爵となる淑女が愛飲していたもの。

コーヒーという苦味の強い飲み物でありながら、後々平民から貴族、王族まで広く飲まれるようになる。


後に発見された手記によって、厳格な公爵夫人だったとされるエルネスタージャ・ド・ヴィレ・マクストウェルザーがセシリアーナ・エル・ナクタリアージュへいたずら心とともに披露していたと分かった。

しかし、初の女侯爵として自国のみならず大陸に名を知られるようになる一端であったと知る者は少ない。


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