2.楽しみな予定
「さんざんだ……」
柚和子ちゃんから解放された俺は、思わず声に出してしまう。
「将来どうするかって言われてもねえ」
柚和子ちゃんとは結局二時間近く話していた。進路のことにとどまらず、家族のこと、恋愛のこと、近所の犬の話まで。進路以外のところで話を盛り上げようとしても、柚和子ちゃんはかたくなに俺の将来について話を戻し続けた。
正直な話、進路は決まっている。その「決まっている」は、柚和子ちゃんに言わせると「決まってない」となるらしいのだが。中学生のころ、初めて受験をするとなった時に、俺は漠然と家から一番近くの公立高校に行って、地元で唯一の国立大学に行くのだろうと思っていた。これだけ聞くと、地元思いの孝行息子と思われるかもしれない。それは断じて違う。俺はこんなドがつくほどの田舎なんて嫌いだ。噂話は絶えないし、何かがあればすぐに伝わってしまう情報網。つまりは他人との距離が近すぎるのである。それでも俺はずっとこのド田舎で暮らすのだろう。中学生のガキのくせに俺はそんなことを思っていた。
だから、俺が受験するのは、地元の国立大学。学部は、決まっていない。そもそも何学部があるのか知らな……あ、さっき柚和子ちゃんが説明してくれていたな。
「理系クラスにいるんだから、理学部とか工学部なんてどうかしら。医学部や薬学部もあるから医療系に進むなんてこともありね。あ、もちろん、文転だってできるわよ、国際関係学部とか法学部もあるの。柊くんはどんなことに興味があるのかしら?」
目を輝かせながら説明してくれる柚和子ちゃんに圧倒されながら、かろうじて「……考えてみます」とだけ答えたのだ。
「かーなーとーくん」
遅くなってしまったがさっさと帰ろうと、駐輪場でまだまだたくさん残っている自転車の中から自分の自転車を何とか出そうとしていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、なにやらルンルン気分の浅倉和輝がいた。
「……なんだそのテンション」
「あれ、なんか奏人テンション低くね? 明日からっていうか、今日からもう夏休みじゃん。夏休みといえばー?」
「補講」
俺は冷たく和輝をあしらって、自転車を押しながら歩き出す。あ、待てって、と言いながら軽い足取りで後をついてくる。補講と答えた俺の言葉を無視して和輝は続ける。
「夏休みといえば、BBQにプールにお祭りに楽しいことばっかりだぜ! 今からわくわくするじゃんか」
俺と同じ受験生とは思えないほどのお気楽さである。
「ノースリーブに水着に浴衣って言ってるように聞こえるぜ、それ」
「あ、ばれた? 男子高校生なんてそんなもんでしょ」
と言って和輝は笑う。それがいやらしい笑いにならないところが嫌味なところだ。それでもって、これだけ遊んでいても成績は学年トップクラスというのだから世の中は理不尽である。
「高校生活最後の夏なんだから楽しまなきゃ損だって」
「お前、受験生の自覚あんの」
「受験? そんなのあとでいいって。どうせ二学期になったらいやでも受験モードのピリピリした空気になるんだぜ。この夏休みがのびのびできる最後なんだって」
大げさな身振り手振りで説明している和輝に俺は少しあきれる。どうせ二学期になったって、文化祭があるからとか言ってワイワイやっているに違いない。こいつはそういうやつなのだ。そして俺をなぜか巻き込んでくる。
「だからお前も夏休み楽しもうぜ。ちょっと先になるけど、お祭りあるじゃん。それに一緒に行こうぜ」
ほら、でた。
「なんでお前と……」
「俺ら親友だろ。最後の夏休みの思い出作ろうぜ。他の奴も誘っとくからさ」
「……まあ、いいけど」
しぶしぶといった風に俺は言ったが、実は少し楽しみができたと思っている。結局のところ、和輝と遊ぶのは楽しいし、こうやって誘ってくるのもなんだかんだ嬉しい。
「じゃ、また連絡する。いい夏休みを!」
和輝はそういってひらひらと手を振り、いつもの分かれ道を右に曲がった。
「またなー」
俺はそう声をかけ、夏休みも悪いもんじゃねーなと思いながら、ペダルにかけた足に力を入れた。