27 ある日、ある時、ある場所で③(カイン&ベイル)
カインがサラサと待ち合わせをしている時、ベイルも領主に呼び出されていた。
「予定通り出発できるか?」
この日、領主から密書を預かり、王都まで行くことになっていたベイルだった。
「そのつもりでしたが、懸念材料があります」
カインにサラサのことを頼んだとはいえ、レオンがどう絡んでくるのか予測がつかないでいたのだ。
「報告にあったレオンのことか?」
「はい、レオンがどう動くか見当が付きません。他者がいる前で私に接触するくらいですので、研究に夢中になっている間は何を言っても無駄かと……」
領主とベイルはため息をつくのだった。
「あれが無ければ優秀な人材なのだが……。仕方ない、王都への使いは別の人間にさせるか」
結局ベイルの予定は中止になり、いつも通り陰ながらサラサの様子を確認することになった。
ベイルは家に戻り、旅支度をしていたのを元に戻した。
今日から数日は、騎士団の方の予定を入れてないので私服でもいいのだが、何かあった時に動きやすくするため、騎士の格好をしておくことにした。
少し休憩した後、カインとサラサの様子を見るために南広場へと出掛けたのだが、すでに問題が起こっていた。
「ステラさん、大変だよ!」
「どうしたんだい?」
「サラサちゃんが騎士の人に連れられて、あの臭い屋敷の中へ入って行っちゃったんだよ!」
ご婦人方が数人、店の中にいたステラという女性を外に引っ張り出して、大変なことが起こったと騒いでいた。
サラサが騎士のカインと一緒に大量の『ゴミ』を運んでいたので、皆の注目の的だったようだ。
レオンの家の位置も悪かったのだろう。
初級ダンジョンからレオンの家に向かうと、南広場を南西の方角から北東の方角へ歩くため、広場にある全ての店から見えるのである。
しかも店の開店前の時間帯だったこともあり、ご婦人方が店の前を掃除していたのも悪かった。
ここ最近、レオンの家からの悪臭がひどくなっていたため、何とかしてくれと騎士団の詰所へ嘆願してくる住民もいるほどだった。
レオンの研究は今後役に立つはずであるが、如何せん結果がまだ出ていないので説明するのが難しいのである。
騎士団から注意を受けて、レオンも少し焦っているようだ。
今回の強引な買い付けも、その辺りが関係しているのだろう。
皆が注目していたところに、レオンの家の近所に住むご婦人が慌てた様子でやって来て、そこら中の店のご婦人方に話しをしていったようだ。
ということで、心配するご婦人方がどんどん増えていき、ついにはここ一帯のご婦人方のまとめ役である、ステラという肉屋の女性を引っ張り出すまでの騒ぎに発展していた。
「おいおい……。この騒ぎをどうにかしろということか?」
思わず天を仰ぐベイルだった。
嫌々ながらも問題を解決すべく、さりげなさを装いながらご婦人方の集団へと近づいて行った。
「どうされたんですか?」
何も知らない振りをして声をかけると、ご婦人方が一斉にサラサを助けてくれと嘆願してくるので、簡単に事情を説明した。とにかく心配要らないと納得させるのが大変だった。
何とか、カインとサラサが店に戻るまでに事態を収拾したベイルだった。
「……疲れた」
精神的な疲労がひどく、ベイルは騎士団の詰所で休憩することにした。
「あれ、ベイルがいる。今日から数日実家の方の用事で帰ると言ってなかったか?」
「ああ、それが行かなくてもよくなったんだ」
休憩している間にカインが帰ってきた。
領主の密偵として遠出をするときは、実家の用事という事にして動いている。
ベイルは天涯孤独の身の上だが、その事を知っているのは領主だけである。
「そうだ、丁度良かった。これを見てくれベイル。凄いと思わないか!」
どうやらカインがサラサの店に戻ってくる頃には、ご婦人方が撤収済みだったようで、何事もなかったようだ。
「カイン……まあいいか。なんだそれ?」
「アイテムマップという物らしい」
カインに手渡され、アイテムマップを見たベイルも驚いたようだ。
「これは凄いな……」
どうやらサラサの手作りマップのようだったが、普通のマップと違い、アイテムがどこにあるかも事細かに書き込んであるマップだった。
「宝箱以外からもアイテムが手に入るのか……。マップはこれだけしかないのか?」
「ああ、行ったことのある場所だけのようだ。一緒に初級ダンジョンへ行って驚いたぞ!」
これは領主へと報告せねばならない案件であった。
「今日は定休日だったな……。カイン、このマップ借りてもいいか? これ、上にも報告しておいた方がいいと思うんだが」
ベイルの意見にカインも賛成のようだ。
領主へ報告すると言う訳にいかないので、上に報告すると言ったベイルだが、カインはいつものように団長のことと誤解してくれたようだった。
カインは、ベイルと団長がとても仲がいいのだと勘違いしてくれている。ベイルも都合がいいので、わざわざ訂正するということをしていなかった。
アイテムマップを借りたベイルは、家に戻る振りをして領主の元へと報告しに行った。
「どうした?」
予定に無かった事なので領主に会うのに時間がかかったが、何とか今日中に報告ができた。
「これは……できるだけ早急に、他のダンジョンのマップも作ってもらいたいものだな」
領主もすぐに、このアイテムマップの有用性に気付いたようだった。
話しはすぐに終わり、まずは中級ダンジョンのアイテムマップを作製できるよう手助けすることになった。
「騎士団長には伝えておくが、団長にもアイテムマップを見せておくように。手助けする人間の人選はベイルに任せるが、誰を選んだかは報告しておくように」
「承知しました」
次の日、諸々の手配を済ませたベイルは、アイテムマップの作製依頼をするため、カインと共にサラサの店へと向かった。
道すがら、昨日のご婦人方の騒動をカインに話していたのだが、運の悪いことに、サラサの店から出て来たステラというご婦人方のボスと遭遇してしまった。
「あれ? 昨日の騎士様! サラサちゃんに何か用事でしょうか?」
何だか警戒されているようだった。
ステラの声で近所のご婦人方も気付いたようだ。
何だか徐々にご婦人方が増えていき、周りを取り囲まれてしまった。
一見、身分が上の騎士を敬って接しているように見えるが、何ともいえない精神的圧迫感を感じている二人だった。
しかも、気付けばサラサの店から東に三軒目の肉屋の前まで誘導されてしまっていた。
確かにここならサラサの店の中からは見えず、声も聞こえない位置だろう。
このステラというご婦人は、決して敵に回してはならないタイプの女性だ。
二人とも、昨日の事がこうも影響するとは思っていなかった。
今日は来るべきではなかったと後悔しながらも、ご婦人方が納得するまでお話をすることになったのだった。
幸いにも、すぐに納得してくれたようなので助かったが、精神的疲労は取れなかった。
カインとベイルは何とかサラサの店に入ることができた。
中級ダンジョンのアイテムマップ作製の目途がついたところで、やっと笑顔を取り戻せた二人だった。
自分達が守る町の知らなかった一面を見てしまい、明日から町の住民とどう接していこうかと悩むカインだった。