第二幕 前触れ
「ノア!クレイ!」
アルビナ、彼女を街の人はこう呼ぶ、信仰篤きガーゼのシスター、と。
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第二幕 前触れ
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「アルビナ!どうしたんだ?」
「どうしたんだ?じゃ、ないでしょ!いつもはエアラビットを定期納品するダウンタウンバディがここ最近は魔物を仕留めてくるって噂じゃない!どうしたのよ!!」
叫ぶ彼女を尻目にノアは失礼なことばかり考えていた。
穏やかそうな修道着を脱ぎ捨て、一市民と変わらぬ姿で叫ぶ彼女を街の人が慕うガーゼのシスターと同じ人物とは、到底思わないだろうなぁ……とか、クレイはいつも通りアルビナのことが好きなんだなぁ、顔が真っ赤になってるぞ……とか、他愛もないことをひたすら頭に浮かべては、顔に笑みを滲ませていた。
「ノア!なに笑ってるのよ!」
「ノア……上手くいったのは確かだが、そろそろ話さねーと後が怖いぜ…?」
……笑っている理由を子供が悪戯に成功した時と同列に扱われたのは、ノアとしては少なからず不服であった。
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「それで?ノアが笑ってるってことは今回のことはノアが主犯なのね?」
「やだなぁ、アルビナ……まるでいつも厄介ごとを起こしてるみたいじゃないか?」
「あら、そんな風に聞こえたかしら?もしかしたら神様の御心に触れたのかもね?」
主犯というあからさまに攻める言葉を使っておきながら、ちゃっかりアルビナは「やましいことがあるから怒られてるように聞こえるんじゃない?」と言い返してくる。
いつも悪知恵を働かせるノアはもちろん、いくつもの流れの冒険者の間に入らせてもらっているクレイも、この手の言葉遊びには少々の心得があった。
とは言え、年端もゆかぬ少年少女が冒険者ギルド内の一部を借りて話しをする様はどうにも、大人の真似をしている、そういった遊びにしか見えないのであった。
「アルビナ、見てくれ」
クレイは軽く手甲をズラし、手についた紋章の痕を見せる。
教会に属する者たちは、信仰の厚さに応じて癒しの紋章が神の御業として得られるという。
もちろん、そんな神の御業を信じていない二人は大方専属の紋章士でもいるのだろうと予想を立てていたが、こと今回の件に関しては説明するのに手間が省けたように感じた。
「まぁ!土の紋章ね!?」
しかし、得られた感想はその力まで把握しているようであり、これには紋章を見せて驚かせようとしていた二人を逆に驚かせることとなった。
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要するに、教会の中での教えの一つに紋章に関するものがあるということらしい。
驚いた二人に笑いながらアルビナは教えていた。
教会というのは本来民草に神様という絶対的庇護者の恩恵を教え信仰を増やすためのもの。
そのなかには紋章についてや限られた魔物に関しての知識を与えることによって神様の信仰を増やすためのものもある。
ノアからしてみれば主の恵みの日などといったタダで飯を配ってくれる親切な団体でしかなかった。
クレイからしてみても冒険者が依頼の前に成功を祈り加護を得るだけの場所くらいにしか考えていなかった。
そんな二人でも教会の有意性を少しは感じる瞬間なのであった。
「だから言ってるじゃない、教会に養われちゃいなさいよって」
「「それだけはごめんだって言ってるだろう?」」
「……そんな二人して言わなくても」
クレイは残される子分…もといスラムのチビたちの世話、ノアは伸ばされた手しか掴まないその教会の在り方そのものを問題として、教会の恩寵を受けることは一切なかった。
と言いつつクレイは依頼の前の祈るし、ノアも配給はいの一番に並んでいるというなんとも実利はしっかり取っていた。
スラムという場所での暮らしは、プライドや趣味嗜好の前に食べることなのだ。
そしてアルビナもそれが分かっていて、それでもなお、知己である二人を捨て置けないでいた。
「…まぁいいわ。それで、結局二人がエアラビット以外の魔物を狩るって噂は紋章のせいなのね?」
「そうなるんじゃない?」
「狩るな、とは言わないし、言えないわ。だからこそ言っとくわ。紋章は万能だけど万能じゃないの。死んだらそれきりよ……それだけは分かっておいて」
言葉遣いは荒いままだったが、席を立ちつつ放ったその言葉には、町のシスターとしての重みが宿っていた。
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「ノア!ちょいどけ!」
ノアがクレイの言葉に反応してその場を一時離れると、下から大きな土の杭が盛り上がった。
もちろんその上にいた獲物のボアホーンは、その証であるたくましい角をそのままに串刺しになって息絶えた。
周辺の村域を荒らし回っていたという獲物だ。
その皮の厚さは単なる猪の皮の厚さとは異なり、二倍の厚みはあろうかというボアホーンが魔物たることを知らしめていた。
ノアとクレイはアルビナと話してから間もなく、二人でパーティを組みつつ魔物狩りを始めた。
片方がすることを声に出さずとも把握し足りない部分をもう一人が補う、魔物以外の狩りではそれこそ根絶やしに出来てしまうほどに、息があっていた。
スラムという環境では立ち上がった瞬間から仕事に就く、そういう過酷な場所であるがゆえ、年端のゆかぬ子供でも狩りをできる。
その立ち上がった瞬間から共に育っている二人は、以心伝心、それを体現していた。
……もっとも、紋章の力に慣れぬ二人は万が一に備え、力を使う際には言葉を発するが。
「よし!ノア!これで依頼達成だ!討伐証明持って帰ろうぜ!」
「そうだな……と、雨……か?」
言われてクレイは空を仰ぎ見て、「こりゃ大雨になるな」と、辟易した顔で言うのあった。
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