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異世界の落としもの、返却いたします  作者:
一章『遺愛の指輪』

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十二話


 それ以外にもロウとは決定的に違う部分がある。彼自身が肉体を持ちながら【落としもの】であることだ。


 ロウは鑑継の初代当主である蒼によってこの世界へと招かれた正式な移住者だ。【異界の回廊】を渡り、正規の手続きを経てこの世界に降り立った。扉を創り回廊を渡れば、特に肉体に影響を及ぼすことなく世界を行き来することができる。ロウやノヴォ、『アヴァターラ』で働く他の異世界人たちも、生命を維持する程度の魔力濃度しかない地球で弱体化はしつつも、リオンのように肉体が変質するようなことはなかった。


 しかしリオンは通常ではあり得ない方法で世界を渡ってきてしまった。

 こちらで生活を始めて数日、リオンは葵に言われるまで自身の変化にまったく気が付かなかった。妙に身体が軽いとは思ってはいたが、それは隷属の首輪が外れた影響とばかり思っていたのだ。

 けれども葵の話を聞けば聞くほど、それだけではなかったのだということがわかってくる。


 葵に拾われた当初、あれほど肉体的にも精神的にも追い詰められ、歩くこともままならないほど消耗していたというのに、一晩休んだら何事も無かったかのようにすっきりとしていた。次の日には自分の足で起き上がり、飯を完食し、少しとはいえボロボロであるはずの身体で回廊を駆け抜けることができた。そんな状況、異常以外の何物でもなかったのに。

 今では首輪が擦れた痛々しい跡もサッパリと無くなり、戦場で受けた多くの傷跡さえも消えてしまっている。それがどれだけ異質なことか、意図的に考えないようにしていたことに今さらながら思い当たると、言いしれぬ不気味さが湧き上がり、自然と形のいい唇を歪めた。


 葵はそんな様子のリオンを気に留めるでもなく、温くなった酒をグイと仰ぐと淡々と話を続ける。


「普通目に見えるくらいの濃い魔力溜まりに落ちた時点で、どんなものであろうが耐え切れずにグズグズに崩壊しちゃうはずなんだけど、どういうわけかそこを通り抜けちゃう物が出てくるんだよね。そういった物は、大抵世界に影響を及ぼすくらいの力を持っていたりしてさ、厄介なの。君を他の異世界人と同じ待遇にしないのも、前例がない君っていう存在を監視する為でもあるんだよ。君にとってあんまり気分のいい話じゃないだろうけど……ごめん」


 そう言って浮かべた表情は申し訳なさそうにしながらも、どこか仄暗い空気を漂わせている。それも顔を上げればあっという間に隠れてしまい、すぐにいつも通りの葵に戻っていた。

 ほんの刹那、彼女の心の闇を垣間見てしまったようにも感じたが、リオンはそれに対して何か言うでもなく無言のまま首を横に振る。


「今は不老長寿だのなんだの、色々と話しちゃったせいで不安だろうけど、この世界のことも、仕事のこともちゃんと教えていくから。見捨てることだけは絶対しない。リオンが嫌って言うまでは、私が一緒に居るから安心してね」


 御猪口を片手に安心させるように笑った葵は、少し酔いが回ってきたのか陶器のように滑らかな頬を淡い桃色に染めている。それが潤んだ瞳と合わさり年相応の妖艶な色気を漂わせていることにふと気づいてしまったリオンは、突然トンと心音が跳ねあがったことに戸惑いつつも、なるべく自然に見えるよう目を逸らした。


 普段はずぼらで面倒くさがりなうえ、いまいち女性らしさに欠けているくせに、今夜はやけに葵に対して『女』を感じてしまう。普段はまったくと言っていいほど化粧を施さない彼女が着飾っているせいだろうか。今までとはまったく違う雰囲気を醸し出している葵を前に、女性慣れしていないリオンは内心もぞもぞとした居心地の悪さを感じていた。


「どうしたの?」


「あ、いえ……」


 突然黙り込んでしまったリオンを見ながらコテリと首を傾げた葵の眼元は酒のせいで若干とろんとしている。ほろ酔いといったところだろうか。いつもよりも饒舌だったのは、言い出しにくかったことを酒の力を借りて口にしようとしたからなのだろう。


 嫌厭されるのが当たり前だったリオンは、葵の何気ない気遣いをまるで乾いた土が水を吸収するような貪欲さで拾い上げ、ひび割れた心に浸透させていく。

 不安に思っていれば何気なく気遣ってくれて、欲しい時には欲しい言葉をくれる。そんな葵の存在は、たった数日にもかかわらずリオンの中で着実に大きなものとなっていた。今まで縁のなかった様々な感情を呼び起こしてくれる彼女の傍に居られるのであれば、それも存外悪くないと思ってしまうほどに。

 だからといって、すべての話を鵜呑みにするほど完全には打ち解けていない。今回は特に突拍子もない話だったこともあり、いくら彼女が真実を語っているといっても、脳内は未だ整理しきれていない状況だ。こればかりは育った環境のせいでもあるし、リオン自身がどこか他人事のように感じてしまっていることが大きいだろう。


 混乱しているリオンであろうの心情を察してか、黙って話を聞いているだけだったノヴォがポリポリと頭を掻きながら口を開く。


「あー、お嬢、酔い潰れる前にさっさと調べた方がいいんじゃね?」


「やだなぁ、これくらいで酔い潰れないってば。はいはい《解析》ねー」


「大丈夫かよ……ったく」


「リオン、ちょっと」


「は……いぃっ?!」


 いつもよりふわふわとしている葵に手招きされ、なんだろうと思いながらも身体を近づけたリオンは、半ば強引に腕を引っ張られたかと思うと、次の瞬間には葵を背中からすっぽりと抱き込むような体勢にさせられていた。

 ただでさえ混乱していたリオンは、唐突に訪れる柔らかな感触と仄かに香る酒と葵の匂いにさらに心乱され、思わず情けない声をあげながら硬直した。

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