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異世界の落としもの、返却いたします  作者:
プロローグ『邂逅』
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二話

*足りなかった部分を少し書き足しました。

 そう、あれは冬の寒さが一気に深まる十二月の始め。例年より幾分か早く初雪がチラつくほど底冷えした日のことだった。


 両親に呼び出されて久方ぶりに帰省してみたはいいものの、いざ帰ってみれば家の中には誰もおらず、テーブルの上には気づいて下さいとばかりに置かれた手紙が一通あるだけ。

 なんとも嫌な予感が脳裏を過ぎるも、読まないわけにもいかずに手紙に手を伸ばし、その内容に目を通した。簡潔に書かれた内容は非常にわかりやすいものだったが、それを読んだ葵の心境は、久方ぶりの煙草に火を点すくらいには、荒れた。

 短大卒業と同時に親元を離れてから、なんとはなしに携帯はしていても一度も吸うことのなかった煙草。久しぶりの味は昔に比べて随分と濃密に感じてクラリとしたが、恐らくその感覚は煙草だけのものではないだろう。


『諸事情により、しばらく二人で旅してきます。その間のお仕事は葵ちゃんに任せるので適当によろしく。約束よりもちょっと前倒しになっちゃったけど、いいよね? 父より』


 怒りにわなわなと震える葵の手によって、その手紙はその場で丁重に焼却処分された。

 そもそも二十五歳になるまでは家業である『鑑継骨董屋』に骨を寄せず自由にしていいという約束のもと、家を出て一般企業に就職して普通の生活を満喫していたのだ。しかしこの手紙によって事情は一変し、残り二年の自由も消えて早々に家業を継がざるを得なくなった。

 あのマイペースな親のことだ、とりあえず置手紙をしておけば、あとはなんとかしてくれるだろうとでも思っていそうである。自分たち基準でものを考えないでほしい。


 別に骨董商が嫌なわけではない。昔から骨董品集めになんだかんだとあちこち引き摺り回され、様々な経験を積まされて続けてきた。今はしがない骨董商として商売してはいるものの、遡れば平安時代から続いていると言われている鑑継家。そんな由緒正しい家柄である鑑継家の跡継ぎが葵なのである。その自分が仕事を継がずにいったい誰が継ぐというのか。

 ただ、すぐに継ぐことを渋った理由もちゃんとある。骨董商というのはあくまで表の仕事。しかしその実、常に危険が伴い、下手をすれば死ぬことも覚悟しなければならないという裏の稼業が存在する。完全なる日常の外側、いうならばアウターゾーンをひた走り、友人たちには秘密に秘密を重ねた挙句、関わりを断たねばならなくなる。危ない人たちとばかり縁ができ、しまいには怪しい裏取引なるものをしなければならなくなるのだ。由緒正しい家柄だからといっても清く正しいわけではない。そんな環境だからこそ、少しでも長く平和を味わっていたかったのに。

 

 それもこれも手紙一つで居なくなってしまった両親の所為だと心の中で八つ当たりをしつつ、ソファーに張り付くようにして身を委ねた。


「おなかすいた……」


 そんな呟きと共にグゥと情けない音が響いて腹を摩る。仕事の引き継ぎやらなんやらで、いつも以上に蓄積されている精神的疲労が倦怠感としてずっしりと圧し掛かり、食事をしようにもソファーから身を起こそうという気にもならない。

 しばらくの間手足をだらりと弛緩させて疲労に身を委ねていたが、いい加減空腹を訴える音が煩わしくなり、無理やり身体を起こしてキッチンへと向かう。


「うっそ、なんもない……」


 冷蔵庫を覗いてみると、中身は虚しいほどに空っぽで、あるとすればせいぜい腹の足しにもならないビールとサラミだけ。


「さすがにこれはあかんでしょー……はぁ」


 あまりのタイミングの悪さと女子力の無さに項垂れつつも、葵は財布を片手に渋々家を出てコンビニへ足を伸ばすことにした。


 鑑継家の屋敷は都内まで電車を乗り継ぎ片道一時間半というなんとも微妙な立地に存在しており、ド田舎とまではいかないが、町はずれに建てられているだけあって自然の多い景色に囲まれていた。夜ともなると人通りもめっきり減って、夜風にざわめく木々の音や街灯の少なさからくる闇の多さが薄気味悪さに拍車を掛け、言い知れぬ不安感を煽ってくる。


 足元に気を付けながら徒歩十分のコンビニに辿り着くと、店内の明るさと暖かさにホッと息を吐く。商品を見回りながら適当にカゴへと放り込んでレジへと向かうと、さっさと会計を済ませて再度震える夜に身を躍らせた。

 冬特有の鋭い風が、葵の鼻先や頬を掠ってはヒリヒリと痛めつける。ダッフルコート越しに染みてくる寒さから逃れようと、疲れた身体を引き摺るようにして小走りに道を進むと、そんな寒さも次第に慣れて気にならなくなってきた。


「………ん?」


 扉に鍵を差し込んだところで、突如バシャンという水音が辺りに響き、思わずキョロキョロと周囲を見回す。

 水音がしたのは庭の方だ。庭の池には水面を揺らすような生き物は一匹も飼っていないので、跳ねるような水音が響くなど不審以外の何物でもない。葵はそっとその場に荷物を置き、細心の注意を払って庭園へと足を進めていく。

  綺麗に剪定された趣のある日本庭園に入ると、その中央にある池に目を向ける。静かに波打つ池の脇に、明らかに異質な物体が無造作に転がっていた。

 新月の夜は思いの外暗く、遠目からではそれがなんなのか判別がつかない。葵はそれが動かないのを確認すると、意を決してそろりそろりとその物体に忍び寄った。




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