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異世界の落としもの、返却いたします  作者:
一章『遺愛の指輪』

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二話


「鑑継、お疲れ」


「お疲れ様です、真取課長」


 葵に声をかけてきたのは、総務課課長である真取道明(まとりみちあき)だ。


 歳は三十も半ば、容姿は非常に整っているものの刃物のような眼光を宿した三白眼に加え、一般男性よりも頭一つ抜けた高身長が周囲に圧迫感を与える強面の男である。この会社には珍しい筋肉質な肉体はスーツの上から見てもわかるくらいに絞られていて、足運びや姿勢の正しさを見るに、どうやら何かしら武道の心得があるようだ。そんな見た目とは裏腹にかなり気さくで、広い視野でものを見れる、非常に頼れる男だ。


 彼は葵と挨拶を交わしながらも、文句を垂れていた二人に視線を向けてうんざりしたように顔を顰める。


「また絡まれてんのか?」


「まぁ、そんなとこです」


「はぁ、まったく……岡崎、お前さ……鑑継にいい加減ちょっかいだすの止めろ。高梁田さん、あんたもだ。人を使う立場の人間が私利私欲に動くんじゃねぇよ」


「そっそんなこと……!」


「なっ何を言ってるのかね君はっ!」


 岡崎と高梁田が青ざめた顔をして慌てて反論しようと口を開くが、真取はそれを許すことなくギロリと睨みつけると、畳みかけるようにして言葉を続ける。


「あのなぁ、鑑継の何を気に入らんのかは知らんが、なんだかんだと言い訳並べて鑑継に仕事押しつけてんのはとっくに知ってんだよ。ただ鑑継が色々と面倒くさがって被害を訴えないから手が出しにくかっただけで、上層部も大体のことは把握してる。それがどういうことか、わかるよな? ……なまじ優秀な鑑継が居なくなっちまう今、いくらいいとこのお嬢さんだからと言って、これ以上好き勝手されんのはこっちとしても困るんだ。自分の仕事は自分でやる、そんな当然のこともできないようならここには必要ない。高梁田さん、あんたも覚悟しといた方がいいぜ」


「な……っ!」


「なんだとっ!」


「あー、鑑継、お前はもう着替えてこい。急いでるんだろ?」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 どうやらチラチラと時計を気にしていたのを見られていたらしい。間に入ってくれた真取に感謝しながらペコリと頭を下げると、真取の説教を背に足早にその場を離れてロッカールームまで逃げ込んだ。今日はこれから鑑継家の仕事に関してとある人物との打ち合わせがあるのだ。いつまでもあんな連中に付き合ってはいられないと思っていたので、真取の気遣いは非常にありがたかった。


 葵は壁にかけられた時計を見て再度時間を確認すると、着慣れた制服を手早く脱いで、質のいいスーツに着替え、ロッカーについていた鏡と向き合う。

 眼鏡を外し、一度出勤用であるすっぴん風のメイクをオフして、改めて丁寧に化粧を施していく。下地とファンデーションで肌を滑らかにし、眉を整えてからピンクのチークをブラシに纏わせサッと頬を撫でる。瞼にはパールが強すぎない上品なブラウン系のアイシャドウを乗せ、するりと黒のアイラインを一筆入れて、長い睫毛をカールさせてからダマにならないようにマスカラをツイと滑らせる。唇には大人の色気漂うヌーディ―カラーのルージュを乗せてティッシュで軽くオフした後、仕上げにグロスで艶やかさをプラスする。


「……ん、よし」


 鏡の前で顔の角度を変えながらメイクの最終確認をし、ひっつめていた髪を解いて手櫛で整えれば、そこにいるのは地味で大人しいだけの女ではなく、清楚でありながらもどことなく妖艶さを滲ませる美女。小柄ではあるが女性らしい円やかな身体のラインを強調させたスーツがことさら彼女の美貌を後押しして、先ほど鏡の前に居た人物とはもはや別人と呼べるほどに変貌していた。


 葵はトレンチコートを羽織り、すっかり空っぽになったロッカーを閉じる。そして部屋の端に設置された姿見の前でクルリと回ると、匂い立つ色気を隠すことなく潤んだ口元に笑みを浮かべた。


「ここまでするの久しぶりだなぁ」


 久方ぶりの顔面完全武装に、思わずそんな言葉がポロリと零れる。


 葵とて年頃というには些か薹が立つが、れっきとした女だ。いくら自他ともに認めるほどズボラであるとはいえ、けっして女というカテゴリに属していることまでは捨ててはいない……はずである。

 葵の容姿は日本人にしては彫りが深いが、かといって海外の女性のような目立った派手さはない。けれども日本人らしい顔つきの父と遠い異国の血を持つ母のいいところを受け継いでいる為、薔薇のような華やかさはないが、百合のような清楚で可憐な顔つきをしていた。要は化粧がよく映える顔をしているのだ。

 持ち得る魅力を最大限まで引き出したメイクをするのは嫌ではない。親からもらったこの顔は気に入っているし、それを活かすメイクをするのは楽しい。もちろん周囲からの賛美に浮き足立つ気持ちも多少なりともある。どんなことであれ、人に見惚れられるということは一種の快感であり、その快感に身を任せてしまいたいと思うことは人間なのだから至極当然のことだ。


 しかしそれ以上に、鑑継家を継ぐまで平穏な日常を謳歌したい気持ちの方が強かった。

 他の女性社員たちと違い職場で婚活しているわけでもないし、花形である秘書課に居るわけでもない。ましてや営業に出るわけでもないのだから着飾る理由もない。ないない尽くしの挙句の地味子化だったわけだが、結局一番の理由としては面倒くさい、このひと言に尽きる。


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