十二話
世界が終末を迎える時、様々な負の感情が入り乱れ、【創造神】に注がれる。彼の世界もまた、セレステの手によって崩壊した他の世界と同じ道を辿ったのだろう。
二人の間に重苦しい静寂が降りる。
そうこうしている内に天候が崩れてきたのか、厚い雲によって陽の光が遮られ、底冷えするような寒さがぐんと増した。葵は短くなった煙草を携帯灰皿に押し込みながらブルリと身震いをする。目の前で俯いている青年も微かに肩が震えており、この寒さでは仕方ないと場所を移動しようと腰を上げた時、青年の方から堪えるような笑い声が漏れ聞こえ、思わず中腰のままビクリと肩を揺らした。
「くっくく……」
「青年?」
「ははははっ!」
遂には堰を切ったように笑い出した青年は、顔を掌で覆いながらも今までにないほど豊かな感情を前面に曝け出す。その姿は悲しみに暮れる痛々しいものとは違い、あまりに壮大な事情を聞いてしまったという一種の諦めと開き直りを滲ませるものだった。
「ちょっと……?」
「くくっ……いや、すみません。なんていうか、あまりに不遇過ぎるといいますか……もうここまでくると悲しいを通り越してなんだか可笑しくなってしまって。あなただってそう思うでしょう?」
「えっ? あ、はぁ」
「王家の奴隷として長年酷使された挙句、自由になった途端に世界が滅亡して戻る世界もないなんて、運命はいったい私をどうしたいのかと……くくっ」
「えっと、なんかキャラ変わってない?」
「まったく、悲劇を通り越して喜劇ですよ……はぁ」
やけくそとばかりに腹を抱えて笑い転げていた青年は、葵のおずおずとしたツッコミをするっと無視し、整えるように息を吐きながら額にかかる髪を掻き上げる。朝焼けの空を思わせる琥珀の瞳は笑いすぎて涙に濡れ、それを男にしてはしなやかな指で掬いとりつつも、時折笑いの残滓に口元を吊り上げた。
「責任を取ろうにも場所も人もない……残ってるのは私と世界を繋いでいた鍵だけ。これを不幸というべきか幸運というべきか……ははは」
「まぁ、うん……なんていうか、随分あっさりしてるんだねぇ。さっきまであんなに死にそうな顔してたのに」
「終末という答えにいきついた時にはさすがに血の気が引きましたが、よくよく考えてみれば全然良い思い出ないんですよね、あの世界」
あっけらかんと言い放つ彼の顔に悲哀や苦渋といったものは既に欠片もない。どうやらこれまで何重にも背負い込んでいた重荷が世界の滅亡と共に爆散し、彼方へと吹っ飛んでしまったようだ。
「そもそもまともに親しい人など一人もいませんでしたし、むしろ暗殺や戦争、監禁に虐待に隷属……うん、やっぱり良い思い出など一つもないな。これまで生きてこれたのが不思議です」
「聞けば聞くほど酷いな、君の境遇……」
「そうでしょう、そうでしょう」
葵から憐憫の眼差しを受けつつも、深く頷きながら腕を組んだ青年は、今まで感じていた儚さを霧散させ、年頃の青年のようなノリの良さを見せ始める。封印されていた感情の完全表出の要因がまさか世界の滅亡だとは、青年の不遇さもここまでくるといっそ呪いだと思わずにはいられない。
彼の世界に居た者たちにとって世界の滅亡は不幸以外の何物でもないだろうが、彼にとってはコンスヴィアで生きていく方がよほど生き地獄だろう。たとえ王が消え国が無くなったとしても彼がコンスヴィアで起こしたことは変わらないのだ。
たくさんの命を消し、その命の上に王と共に立ち続けた彼が世界の人々から許されることなどありえない。きっとありとあらゆる敵が彼の前に立ち塞がり、命を刈り取ろうするだろう。
それでも、彼は覚悟を決めて戻ろうとした。まるで贖罪であるとでもいうようなそれに、葵は複雑な気持ちになりつつも仕事だと割り切って彼を送りだそうとしたが、その結果がこれではなんとも締らない。
「あれだね、君意外と神経図太いのね」
「さすがに開き直ることにしました」
「セレステ神が憎いとか……」
「それもないですね」
そのあまりにもさっぱりとした物言いに、葵は言葉もなくポカンと口を開けた。これほどまでにあっさりと神や世界への淀んだ感情を捨てるとは、いっそのこと清々しい。
「たぶんだけど、君の人生がここまで狂ったのはセレステの介入があったからだと思う。あいつは自分の使徒を世界に送り出してあちこち引っ掻き回すの。んで、散々荒らしまわった後で世界を崩壊させて美味しく負の念を頂く。それがあいつの常とう手段ってわけ。……これを聞いても憎いと思わない?」
念押しするように問うてみると、彼はポリポリと頬を掻きながら苦笑する。
「さすがに敵が神ではどうしようもないでしょう? 手の届かないものを憎み続けるよりも、天災だと割り切ってしまう方がいい。……こんな考え方はおかしいでしょうか?」
「いや、潔いんじゃないの? 私にはできそうもない考え方だけど」
「私は昔からずっとこうでしたからね。いつだって割り切ることが肝心なのだと」
「……なるほどね」
あぁ、捨てるというよりは元々諦めていたのだ。彼自身も何度となくそう言っていた。
嫌な思い出ばかりだと言っても多少の感慨くらいはあるだろうと勝手に思っていた葵だったが、彼の話を聞くにつれて、そうならざるを得なかったのだと納得する。
憎しみに身を焦がしても行動は制限され、怒りを吼えようとも貶める言葉は勝手に喉の奥へと流れていく。そんな日々を幾年も過ごしていれば、たとえその場で怒りや憎しみを覚えたとしても長くは続かない。そういった彼自身の切り替えの早さという諦めは、隷属時代に培った生き延びる方法の一つだったのではないか。そこまで考えが行き着くと、葵は自然と表情を曇らせた。
「それに、滅亡の余波であなたに会えたというのを考えれば感謝したいくらいですよ」
「え?」
突然の言葉に短く声をあげた葵は、ニコリと笑みを向けくる青年に驚きを隠せないまま目を見開いた。
「あなたに出逢えたことは、私の人生の中で一番の幸運と言えるかと」
「そ、そう?」
「はい」
戸惑う葵の様子も気にせずに、美しいかんばせを笑みで彩る青年は、目覚めた時の陰鬱さを感じさせない年頃の快活さを見せる。滅多にお目にかかれないような美形だというのに、その上更に本来の魅力がグッと引き出された笑顔が乗るとなるとどうにも目に眩しくて、葵はなんとはなしにフイと視線を逸らすと、それを誤魔化すようにしてそそくさと母屋の方へ歩き出した。




