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故に其は禁忌とさるる  作者: のっぺらぼう
黒き鱗の王
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#05

エド・ドレザク王国軍、第八騎士団所属の騎士、フドミトク・ハヴァンは昨夜から今朝に掛けて、ここ一ヶ月の不眠を一気に解消出来た。フドミトクの安眠を妨げ続けていた原因、一ヶ月前には既に到着していなければならないのに一向に来る気配を見せなかったエト・ドレザク国王の結婚相手が、ようやく到着するとの通達があったからだ。この一ヶ月の間、エト・ドレザクの王族、貴族、その他の有力者たちを、婚前に目通りさせる筈の予定が全て取り消しになり、果たして婚礼は日取り通り行われるのかと、王宮内どころか王都ノヴィの口がさない一般市民にまで懸念と好奇が広がっていた。結婚相手本人に先立って、フエの婚礼では一般的な各種の道具やフエ式の婚礼衣装など、騎士とはいえ懐具合が余り良くないフドミトクでも分かる高級な品々は届けられているので、婚礼自体が取り消しにはならないだろうと推測されていた点は、まだ助かった。

しかしもともと、エト・ドレザク内でも反対の意見多い結婚である。加えて中には予定されていた謁見の順番の関係で、一ヶ月以上も王都している地方貴族もいる。皆、いい加減、()んできていた。新公爵、ビンオン公ケイ・ヌトの王宮内での護衛の任を与えられたフドミトクは、その王宮内の重苦しい空気を一身に受け、寝不足で血の巡りの悪い頭を、昨日まで抱える羽目になっていたのだった。


緊張と高揚で、紅潮した顔で護衛対象を迎えたフドミトクとは対照的に、到着したビンオン公ケイ・ヌトは青白い顔で相当に疲れている様子だった。旅程が遅れた原因の一つが、公の体調不良と説明されていたが、それは嘘でも誇張でもなかったようだ。二週間の間ひたすら馬車に揺られて、気温も湿度も高いビンオン領から、この、一年中暖炉がいつでも使えるように準備をしておかなければならないノヴィまで来たのである。体が付いて行かないのはある意味当然だった。

だが、巻角種(ゴア)の宮廷総務官長リドチアは、見る人をうならせる見事な巻角を含め、普段と一切変わらない、仮面を被っているがごとき冷徹な無表情で、すぐに新公爵に婚礼衣装の衣装合わせをするように申し入れた。言われた本人は、安楽椅子にぐったりと沈み込んだまま、何を言われているのか分からない、という表情でリドチア官長を見た。恐らく故郷ではそのように他者から高圧的に命令されたことがなかったのだろう。替わりに乳母と身分を名乗った、小柄で一体いつから生きているのだと問い掛けたくなるような老婆が、リドチア官長に反論した。

「結婚式を明日に控えております。丈の合わない衣装でお出になるつもりですか。まるでフエでは衣装の大小を調節する技術もないかのように思われますが」

対するリドチア官長の返答は冷ややかで、無情だった。

「え、明日?」

「明日です。変更はありません。参列なされる方々は既に皆ノヴィにて新公爵様をお待ち申し上げております」

唖然とし、声を上げた新公爵を尻目に、リドチア官長はさっと手振りで扉付近に立っている部下に命じた。扉が開かれ、大量の布や貴金属を抱えた仕立て職人たちがなだれ込んで来た。

「乳母殿には別室が用意してございます。そちらにも職人がおりますので、衣装のご準備をお願い致します」

ルラ刀自はあくまで使用人であり結婚式に参列するわけではないが、新公爵の晴れの舞台の当日に、いい加減な格好で控えているわけにはいかない。言い分はとにかく、体よく厄介払いを言い出されたルラ刀自は、リドチア官長を一瞬、それと分からないように睨んだ後、お付きの侍女二人…一人は体格の良い狼牙種(ヘアヌ)、もう一人は無角童人種(プミクス)で華奢で小柄…と共に新公爵に一礼すると部屋から出て行った。

フドミトクは、一連のやり取りの間、見るとはなしに新公爵の顔を眺めていた。フドミトクは扉のすぐ脇、先程命令されて扉を開けた宮廷総務官とは扉を挟んで反対側で直立不動で控えていた。その位置からは、ちょうど新公爵の掛けている安楽椅子が正面に向いていて、その表情の変化がよく見えた。この部屋と続きの寝室は新たな主人のために内装が全て新調されていて、フドミトクはその絢爛さに少々圧倒されていたが、新公爵は部屋の調度など興味がないか、何かに興味を持てるほどに体調が良くないのか、全く無関心で、リドチア官長にいろいろ言われている間も、ひたすら面倒臭そうな表情だった。ただ、乳母が部屋を離れる際にだけは、酷く不安そうな表情を見せた。無理もない、と思う。乳母以外の付き人は、一応は貴族の出であるフドミトクから見ると、いかにも慣れていなかった。今部屋には三名の従者が残されているのだが、一人は落ち着きなく部屋中を見回し、後の二人は口を半開きにしてぼけっと突っ立っていている。恐らく古参の従者たちが他国への随行を拒否し、新しい従者を雇うしかなかったのだろうと勝手に推測し、フドミトクは内心、この新公爵に深く同情した。


「少々背丈が大きくなられたようですね」

仕立て職人のうち、一番偉いのであろう、首回りに緑色の鱗を生やした髭面の男が言った。

圭介は黙ってうなずいた。衣装は本物のケイにあわせて仕立てられていたので、丈が少し小さかった。髭面の職人がズボンの裾を確認するために(かが)み、近くに立っていた圭介の従者にぶつかった。髭面にじろりと睨まれて、従者はおろおろしながら一歩後ろに下がった。

圭介はそんな従者の様子をぼんやりと眺めていた。ルラ刀自が退室し、改めて見てみると、従者たちは頼りがいのかけらもない。一通りエト・ドレザク王国の情勢は学習してあり、他国からの結婚相手を歓迎していない勢力も多いということを承知している。短期間のことなのでまずないとはいわれたが、刺客を差し向けられる可能性も言及され、万一の事態に備え、絶対に一人にはなるなと言われてはいたが、この従者たちではいてもいなくても余り変わりがなさそうだった。

豪華な調度品に囲まれた部屋を見回す。職人たちと、囚人を監視している様にしか見えないリドチア官長とその部下、そして扉の脇に二人、護衛として紹介された騎士がいた。護衛の任務に当たるのは十二人いて、全て紹介を受けたが、今はこの二人のみが室内にいる。二人とも首回りが金色の鱗で(おお)われていた。圭介の知識では、エト・ドレザクでは、黒い鱗を持つ黒曜翅族と、金色の鱗を持つ金翅族が貴族階級に当たるとのことだった。騎士をしているので、本人が爵位を持っているわけではないのだろうが、この騎士たちは貴族階級出身ということになる。

二人とも金髪に金眼で、身長は百九十センチくらいはありそうだったが、竜種(ドレザク)の成人男性の平均がそれくらいとのことなので、中背である。一人は猪首のいかにも力自慢と言った風情で、もう一人は大人しげな風貌で、優男という表現がぴったりだった。後者がフドミトクである。

圭介はフドミトクの荒事に()けているとはいるとは思えない顔立ちに目を止めて、これでいざというときに大丈夫なのか、心配になった。もっともその日が終わる頃には考えを変えていた。与えられた居室から一歩も出ることなく一日が終わり、事実上、軟禁されいてることに気付き、これであれば外部から襲われる心配はしなくて良いと、乾いた笑いが漏れた。

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