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故に其は禁忌とさるる  作者: のっぺらぼう
黒き鱗の王
2/14

#02

東の大陸ーエト・タチアには四つの国がある。


北にエト・ドレザク王国

北東に神聖太陽教国ヴァルタフィロ

西にフエ連合王国

南にユイ王国


モトス、と知人たちから呼ばれている魔法使いの男は、このうちフエ連合王国の最南部に位置するビンオン領カガ村の外れにある山中に住んでいた。言い方を変えるとど田舎の山奥である。ビンオン領は無角童人種(プミクス)と呼ばれる、身の丈が小さいが繁殖力が高い種族が治めている地域だが、モトスは竜種(ドレザク)という、その名の通りこの大陸では北にある王国、東の竜種(エト・ドレザク)王国を本拠地とする種族であった。北にあるのに国名に東がついているのは、中央大陸、ケトーレ・タチア、に竜種ドレザク王国があり、そこの植民地だった東の大陸の北部地域が独立し王国を成したため、そちらから見て東の、という意味で、東の竜種(エト・ドレザク)王国と国名を定めたためである。

種族の違う彼が何故こんな片田舎で暮らしている理由はというと、三十年ほど前、エト・ドレザクにて魔法…エト・ドレザクで使われている言い方をすると『霊素工学』…の研究者をしていたモトスの両親が、諸事情絡みフエに招聘(しょうへい)され、フエの首都ド・ルトの国立研究所に勤務先を移したことから始まる。数年後にフエ内の政争に巻き込まれる形で国立研究所が閉鎖に追い込まれ、モトスの両親を直接招聘した責任者も失脚。フエ国内での後見人を失い、エト・ドレザクに戻るあてもなく、幼少のモトスを連れた両親はフエ国内をさまよい、流れ流れて最南部のカガ村までたどり着き、カガ村の村長一族に保護されるかたちで、現在の地に落ち着いた。

その後、流浪中の窮乏生活がたたったのか、本来の竜種(ドレザク)の平均寿命よりかなり早くに相次いで母親と父親は亡くなったが、二人のカガ村の村長一族への尊敬と感謝の念は凄まじく、村長一族および村に事在りし場合には全力で協力せよとモトスに遺言した。

実際問題として、貧しくはあるが平和な田舎であるカガ村には大事など起こらず、両親より受け継いだ魔法もせいぜい失せ物探しくらいにしか使われることはなく、モトスは畑を(たがや)し、山の中に自生している薬草を調合して村に(おろ)しては、細々と生活していた。


…半刻ほど前、カガ村の現村長の叔父であり、モトス親子に直接手を貸してくれた前村長の弟で、現在ビンオン領領主の屋敷で家宰を務めているネン老人が、出奔した領主の末息子を探し出してくれ、という依頼とともに訪ねてくるまでは。


「このネン老に頼まれて出奔された領主様の末のご子息の捜索のための魔法を使用したところ、なぜかあなたが出現したのです」

モトスと名乗った長身の男は極めて簡潔に事情を説明した。

「はあ…」

「さらに、あなたはケイ様…そのご子息と瓜二つの容姿だったのです」

「いや本当に申し訳ない。てっきりケイ様だと思い込んでしまってつい…こんな爺様に抱きつかれて気分が悪かっただろうに。ごめんねえ」

圭介とテーブルを挟んで向かいに掛けている背の低い老人、ネンは心から済まなさそうに体を縮こめている。ちなみに椅子は二脚しかなかったので、モトスはどこからか引きずり出して来た木の箱に腰掛けている。

「取り敢えず、名前をお聞きしても?」

モトスに尋ねられ、面倒だったので個人名の方だけ圭介は名乗った。

「ケイスケ、ですか。出身はどこです?あと種族は?」

「出身は日本…だけど。種族というのは…人間、でいいのかな」

疑問系になってしまった。何せ魔法だの領主だの出て来た時点で、圭介は嫌な予感がしていた。

「ニッポンの…ニンゲン種…ですか。残念ながら私の知識にはありませんね。この東の大陸(エト・タチア)ではなく中央大陸(ケトーレ・タチア)のひとですか?それともまさか『無為の砂漠(ラ・ココバ・ドゥ)』の向こうとか?」

「いやあの全然言っている事が分からないんですけど。てか…そうだ、全く聞いた事がないような言葉を喋る、見た事もないような服を着た人が突然現れた…っていう話はないんですか?」

先程渡されて装着している指輪は、どうも自動翻訳機のようなものらしく、圭介が普通に日本語で喋っていてもモトスとネン老人との会話が行われている。が、圭介の言った『人間』は『ニンゲン』という音しか彼らに伝わらなかった。それはつまりモトスたちの言語に『人間』に対応する言葉が存在しないという事だった。ということは、目の前の二人は人間ではないのかと、よくよく観察して、初めにチョーカーだと思ったモトスの首回りの黒光りするものが鱗であることに圭介は気が付いた。

「…見た事もない格好で聞いた事のない言葉っていうのは、惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)の周辺の村にときどき現れるという『惑いの森からの客人ハ・カ・ニイロ・モモ・ドゥ』みたいだねえ」

ネン老人がぽつりと言った。

「『惑いの森』ってなに?」

「このフエ連合王国の東にある大きな森です。魔獣の棲み処で…異界に通じているという…」

「それです、それ!」

突如大声を上げた圭介を見て、モトスとネン老人は目をまるくした。

「俺は異界から来たんです!だって俺の住んでいたところは魔法とかないし、こんな便利な指輪とかないし!その惑いの森、ってとこに魔王がいて、実は俺はその魔王を倒すために呼ばれた勇者ってことか!それを阻もうとした魔王の魔法で全く関係ない地域に飛ばされた…いや魔王が先手を打って勇者の卵をつぶそうと召還したのか?でも俺そんな気ないし…取り敢えず惑いの森に行って、話し合いをして…」

「いやいやいや、惑いの森に行くとか無理です!死にます!魔獣がうようよいるんです!」

「じゃあなんなんですか?そもそもなんでいくら俺がその家出したバカ息子に似ていたからっていきなり現れるんですか!?」

「…取り敢えず二人とも落ち着いて」

ネン老人が、あさっての方向にずれた応酬(おうしゅう)をする二人を年長者らしく(なだ)めた。


「まず、私が(おこな)った捜索の魔法について説明します」

ネン老人が()れてくれたお茶を一気に飲み干したモトスが口を開いた。

圭介は、一口飲んで湯呑みを置いた。お茶と言われたが圭介の目にはそこらに生えている木から折り取った小枝を土瓶にいれてお湯を注いだようにしか見えなかったし、味も少し香ばしさはあるものの生木をそのまま(かじ)ったような味しかしなかった。

「簡単に言うと、まず術者、つまり今回の場合は私に、捜索対象の物や人の外観を伝えてもらいます。そして捜索範囲を決めて、その範囲内から伝えてもらった外観に一番似ている対象の位置を見つけます」

つまり術者が対象の外見を知らないと話にならないのである。物であればどんな形状でどんな色かを教えてもらう事でも捜索は可能だが、人の場合はそうはいかない。そのことを知っていたネン老人は領主の令息、ケイの絵姿を持参してきていた。少し前に令息の肖像画が必要になる事態があり、その際に絵師が描いた描きつぶしの一枚である。

「これが、ケイ様なのです」

ネン老人は指先から肘までくらいの大きさの木の板を取り出した。二枚の木の板が蝶番で留められていて、大きさはともかく、折りたたみ式で棚の上などに飾っておけるフォトフレームのような形状である。板の間に和紙がピンで留められていて、木炭で描かれた青年と少年の間くらいの年齢の男が微笑んでいる。

「…」

圭介は沈黙した。その絵は自分をモデルにして描いた、といわれてもうなずけるほどに似ていた。

「私はこの絵姿をもとに。捜索の魔法を行いました。範囲はビンオン領内。ああ、このくらいです」

床に無造作に置かれていた地図をモトスは拾い上げると、テーブルの上に広げ、指でくるっと範囲を示した。割と詳細に記された地図であるが、ひとの話す言葉は理解できても文字が読めない圭介はただうなずくだけだった。

領内に限定したのは流石に領外には出ていないだろうというネン老人とモトスの一致した意見だった。ケイの顔立ちはそれなりに知られている上、出奔が判明してからすぐ領境には人が出ている。それをかいくぐって領外に出たというのは考えにくかったのだ。

「で、本来であれば私はその対象の位置だけを知ることが出来るのです。ここからどちらの方向に、どれだけ離れているか、が」

「…で?それで結局なんで俺が現れたの?」

「…正直言って、わかりません」

再び大声で言い(つの)ろうとした圭介を、モトスは慌てて手で制する。

「ただ、可能性としては…つまり、あなたが惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)から来た、という前提なんですが」

「なに?」

惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)という土地なのですが、魔法を狂わすのです。彼の土地には何らかの魔法が常に発動しててその影響だと言われています。例えば道に迷わないように一定の方向を指し続ける魔法の道具があるのですが、惑いの森ではそれがおかしな方向を向き続けます」

「あ、それ、俺の世界にもある」

「え?でも、魔法はないって…」

「いいから。それで?」

先に話を脱線させたのは圭介なのだが、先を(うなが)されたモトスは不満を述べることもなく話を続けた。

「その他にも、惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)で負った怪我は、治癒魔法を受け付けなかったりします。治癒魔法を阻む強大な別の魔法が常に発動しているのではないかと言われています。そしてそのような常に発動している魔法の内のひとつに、その…『異界』に干渉するような魔法もあるのではないかと推察出来ます。惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)が異界に通じている、という話もそこからきたのではないかと。それから、転移、つまり何かを一瞬にして別の地に移動させてしまうような魔法も、時に発動しているのではないでしょうか」

モトスは一旦間を置き、空になっている陶器の湯呑みを見つめ、再び口を開いた。

「そして異界へ干渉する魔法と、転移の魔法がたまたま(、、、、)同時に発動している瞬間に、たまたま(、、、、)私が捜索の魔法を使った。で、惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)で発動していた魔法のどれかと、私の捜索の魔法がたまたま(、、、、)波長があってしまい、本来の捜索範囲を無視して、惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)まで捜索範囲が及んでしまい、更にたまたま(、、、、)異界へ干渉する魔法の影響であなたが捜索対象として認識されてしまった。そこで転移の魔法がたまたま(、、、、)上手く発動して、あなたが生身のまま捜索の魔法の術者のもとにまで転移されてしまった、ということが可能性として考えられるかと」

「…」

圭介は沈黙したままモトスの顔をじっと睨んだ。

「わかるような、わからないような内容なんだけど、なにかもの凄い偶然が重なった結果なんじゃないかと言っているのはわかった。で、そんな偶然がありえるのか?」

「…私が転移魔法…それも生きたままの人を転移させる…を成功させる可能性よりはずっと高いです。あと惑いの森(ニイロ・モモ・ドゥ)に魔王はいません」

モトスは断言した。

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