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故に其は禁忌とさるる  作者: のっぺらぼう
黒き鱗の王
1/14

#01

大人の話の一言目は禁止事項から始まる。

いわく、嘘をついてはいけません。

いわく、知らない人についていってはいけません。

いわく、暗くなってから外で遊んではいけません。

そして。

雨の日に走ってはいけません。


どんよりとした空を持つ、梅雨の時期のその日、小林(こばやし)圭介(けいすけ)、十五歳、高校一年生、は幼少時から言われ続けてきた大人の小言のひとつを頭の隅に追いやり、小雨の降る中、右手に傘、左肩に通学鞄という出で立ちで、アスファルトの道路を全力疾走していた。誰に何を言われようと授業開始まであと十分しかないという事実はどうしようもなかった。そもそも、ついコンビニに立ち寄り、つい今日発売のコミック誌の立ち読みを始めなければ、こんなことにはならなかったのだが、もう過ぎたことである。

道路上に薄く膜を張った雨水が圭介の動きに合わせて跳ね上がり、靴下とズボンの裾に小さな染みを作る。その小さな染みが幾つも合わさり大きな染みになりかけたころ、ようやく圭介の視界に、白くそびえる高校の校舎が入った。間に合う、と圭介が気を抜いたその一瞬。

地を蹴ったはずの足がずるりと空回りした。

「ひあっ」

濡れた側溝の金属製のふたに滑った圭介は、上品ではない悲鳴を上げ、後方に倒れた。視界が(かし)いで、目に映るものが電線と曇天のみになる。盛大に尻餅をついた場所は、アスファルトの道路でも側溝のふたの上でもなく、乾いた板張りの床の上であった。

「…」

「…」

「…」

後ろに両手をついて、のけぞるような体操座りもどきの体勢の圭介。やたら背が高く、黒髪に首に黒光りするチョーカーをはめた欧米系の顔立ちの男性。対照的にずいぶんと小柄でしわくちゃの老人。三者ともに無言、硬直。見事に一致していた。圭介の床に着いた右手のそばには開いた傘が転がり、骨をつたって垂れた雫が床を濡らしている。その水滴がそれなりに大きな染みとなったころ、ようやくなんとも言えない空気に耐えられなくなった圭介が声を上げた。

「えっと…」

次の瞬間、その声によって硬直がとけた老人が奇声とともに圭介に抱きついてきた。

「ひあっ」

再び悲鳴を上げて、圭介は老人を押しのけた。が、老人は身長百六十センチ少しの圭介よりも小柄で痩躯だったにも関わらず、意外な膂力(りょりょく)があり、骨と皮だけに見える腕はなかなか外れず、両者の間でもみ合いが起こった。幸い、直後に最後まで呆然としていた長身の男が硬直から脱し、老人を抱え込んで引きはがしたためすぐに終わったが。

「…!…!」

老人は興奮状態で、長身の男になにか訴えている。圭介はこの場から逃げだそうと後ずさりしかけ、『この場』の不自然さに遅れながら気が付き、周囲を見回した。道路を走っていたはずなのに、床は板張りで、屋根があり、四方に土壁。つまり屋内である。空気が少しほこりっぽい。壁の一面には粗末な木の棚が添えつけられ、こまごまとした小物が置いてある。棚と直角に位置する壁の隅に寄せられたテーブルと椅子が二脚。うちの一脚に、長身の男が、なおも何か言い(つの)っている老人を座らせ、こんこんと(さと)している。そこまで観察したとき、老人を(なだ)め終え、一息ついた男と目が合った。

「…。…?」

「あ、だめです。ごめんなさい。あいきゃんとすぴーくじゃぱにーず!」

長身の男が何か言ったが、全く聞き取れない発音で、焦った圭介はべたべたな日本語の発音で、間違った英語の内容を叫んだ。男はちょっと首を(かし)げた。眉にかかった黒い前髪が揺れる。やっぱり外人は身振りが大きいんだなあと、圭介は多少現実逃避気味に考えた。男は棚に寄ると、ごそごそと何かを探し始めた。

男が離れたことで、また老人が飛びついて来やしないかと圭介は警戒したが、老人はすっかり肩を落として大人しくなっており、圭介と目が合うと、ぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げた。

「…。」

棚から何かを取り出した男が、それを差し出しつつ圭介に声を掛けた。何を言っているのかは分からなかったが、差し出されたものが銀色の直径二センチあるかないかの輪っかであることと、男の仕草がそれを指にはめろといっていることは理解出来た。圭介は輪っかを見、男を見た。恐る恐るそれを受け取ると、左手の人差し指にはめた。別に男に何を言われようと従わなければならない理由もないのだが、色々なことが連続して起き過ぎて、圭介の処理能力は限界状態だった。

「…分かりますか?言っていること」

「…え?え?ええっ!」

輪っかをはめた途端、男の声が何を言っているのか理解が出来た。耳で聞いている音声は全くの別物なのに、理解出来る。圭介は輪っかを見、男を見るという一連の動作を再度繰り返した。

「分かりませんか?」

「分かります!分かりますけど…あれこれ俺が何言ってるのか通じてるの?」

後半は自問自答である。だが男は応答した。

「分かります。そういうものなので。で、あの伺ってもよろしいですか?」

「はい?」

「あなた、誰ですか?というか何故いきなり現れたんですか?どこから来たんですか?いえそもそもあなた誰ですか?」

男も圭介並みに混乱していたらしい。

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