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とある運送会社の電話番兼事務員兼配達員の日常

青々とした晴天が広がるある春の日、リベリア西区の象徴とも言える赤い煉瓦屋根が軒を連ねているその一画。通りの中でも一際高い五階建ての塔に、ハルリアはなぜか立たされていた。背に小さな麻袋を背負い、手には丈夫な麻ひもを握りしめている。これから何をしようというのか、その端は煙突にくくりつけられている。詰まる所の命綱らしい。

風が雲を流しているのか、吹き方も少々強い。びゅう、と一際強い一陣の風が彼女の背を押したかと思うと、次の瞬間、ハルリアの足は空に浮いていた。


「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「うっさいわね、こんくらいでびびってんじゃないわよ。ほら、シャキッとしなさいシャキッと!!」

「一生恨む青髭オカマあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「殺すわよ」


響き渡る絶叫に驚きなんだなんだと見上げる通行人をよそに、ハルリアともう一人――妙に低いが女言葉を巧みに操る声の漫才のような掛け合いが繰り広げられる。オカマと呼ばれた彼、いや彼女は、ハルリアの務める運送会社の代表取締役、つまり上司である。しかしそんなことはお構いなしに、ハルリアは叫びまくっていた。なんせ生きるか死ぬかの瀬戸際である。上司だろうと王侯貴族だろうと神様だろうと関係ない。しかし無情にも世間――特に彼女の上司はそう甘くはないのだった。彼、いや彼女は暴言を吐く部下の給料からいくら差し引いてやろうかと頭の中で算盤を弾きつつ、にやりと笑った。勉強代と思えば安いものじゃない、といのは彼、いや彼女の弁である。とはいえ、そろそろ耳が痛い。とりあえず、狂ったように叫ぶハルリアを宥めようと、穏やかに話しかける。低い猫なで声の女言葉では余計に気持ち悪いことに、彼、いや彼女は気づいていない。


「ほら、これが試用運転なんだから。誰かが試さなきゃ使えないでしょお馬鹿ねぇ」

「だったらランジェさんが試してくださいよ!!昔は飛竜をぶいぶいいわせてたって自慢してたでしょうが!!」

「いやよ。落ちたらこの美貌に傷がつくじゃない」

「この人でなしいいいいいいいいい!!!!」


しかし、屋根から突き落とされたはずの少女が、絶叫しているとはいえ会話を続けている奇妙な状況に、人々は目を見開いた。何せ塔のてっぺんから少女が縄にぶら下がっているのだから。その頭上には高笑いする大柄な女が仁王立ちしている。今にも落ちそうな少女を助ける気など毛頭ないその人物は、むしろ早く落ちろとでも言いたそうだ。

先ほどから少女の薄っぺらな体は強風に煽られて上へ下へと振り回されている。麻縄を手放してしまえば命は無いだろうことは容易に想像できた。頭上で高笑いする上司を力の限り睨みつけて、こんな野郎のために死んでたまるかとハルリアは根性で縄にしがみついた。とはいえ、骨と皮のような少女の細腕では限界がある。その上この三日間は家賃滞納のツケで碌な食事をしていない。あ、もうこれだめだ。と思ったときには麻縄は手から離れていた。


「助けてっ…!!」

きゃあああああああ!!


どうなることかと事態を見守っていた通行人から悲鳴があがる。ついに少女が落ちたと思われたからだ。


無重力を感じた瞬間、ハルリアの足元から、渦を巻くように風が吹き上がる。薄荷色や若葉色、深緑色など様々な緑に輝く風の精霊達が、ハルリアの周囲に集まっていた。通称風妖精(シルフィ)と呼ばれるそれらは、滅多に人前に姿を現すことはない。

そして背中の袋から、ぶわりと巨大な布のようなものが広がる。よく見るとそれは、ただの布ではないようだった。光を透かす半透明な紺碧色で、風を受けてふわりと広がった形は、羽を連想させた。いくつもの白い筋が走り、鳥の羽を思わせるような幾何学模様を描いていて、虫の翅とも鳥の羽ともつかない、不可思議な代物だった。


それを見た見物客と化している通行人から歓声があがる。どうやら見世物だと思われているようだが、それもあながちランジェの目論見から外れてはいない。羽の試用運転に託けて、ハルピュイア運送の宣伝もちゃっかり済ますという算段なのだ。商売人たるもの、自社の宣伝に抜かりは無い。


そして、広告塔である当の本人はと言えば。

きゃっきゃっとはしゃぎながら風妖精がハルリアの周りをくるくると回る。それに合わせてくるくると回転するハルリアは、リバース寸前だった。


「つけばねの試用運転は大成功ね。ありがと、シルフィちゃん」


その様子に満足気に頷きつつ、漂ってきた一匹を撫でる。まるでなぜ感謝されるのかわからないというように、キュイ? と不思議そうな顔をした小さな風妖精は、そのまま空に溶けるように消えた。風を司る神の加護を受けているランジェにさえ一瞬しか姿を見せないのに、足元の少女ときたらどうだ。「ちょっ、やめっ、はくっ」と騒ぎながら風妖精たちに文字通り翻弄されている。悪戯好きで知られる妖精達は、一見ハルリアをからかっているようにも見える。けれどハルリアほどでは無いとは言え、風に親しんできたランジェにはわかっていた。彼らは純粋に喜んでいるのだ。ハルリアに呼ばれ、助けを求められたことを。普通の人間ならばあり得ないことだが、現に目の前で繰り広げられては否定のしようもない。


「宣伝はしたいけどあんまり企業秘密を晒すのもまずいものね。そろそろいい頃合いかしら」

「お巡りさんこのオカマです…」


見物人が続々と集まって来るのは願ったり叶ったりだが、他社にあまり見せびらかすのも得策ではない。未だくるくると空を飛んでいるハルリアに麻縄を投げ、なんとか捕まらせる。しなやかだが鍛え上げられた腕が、ぐったりした彼女を引き上げた。屋根に足がついたハルリアを見届けると、キュウ…と寂しげに鳴いた風妖精達は、しぶしぶと空に還っていった。


「これで満足ですか……うっぷ」

「注目浴びちゃって羨ましいったらありゃしない。とりあえず、宣伝効果としてはまずまずね。あんたにしてはよくやったわよ、ハルリア」

「……じゃあボーナスを」

「上司に暴言吐いた罰として銀貨5枚いただくつもりだったけど、4枚と半銀貨にしといてあげるわ。感謝しなさいよ?」

「いつか殺してやる……いつか……」

「クゥエエ」


屋根の窓から鱗に覆われた顔を出した小型の飛竜が、ハルリアを慰めるように一鳴きした。

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