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美女が野獣。

作者: 高梨ひかる

童話パロディ企画に参加です。なまず娘様、タイトルいただきましたありがとうございます!

「王子、無茶です! 本当にやめて下さい!」

「止めてくれるな!」

「止めますよ!! あんた文官でしょうが!? なにそのへっぴり腰!?」

「~~~! いいからついてくるな!」


ここはとある国の国境。

そこにある小さくも豪奢な居城には、親交の深い隣国のそれはそれは麗しいお姫様が住んでおりました。

町の皆は噂します。

何故あんなに美しいお姫様が、こんなにひっそりとした所に住んでいるのかと。


興味深々で皆が様子を探っていると、やはり姫が麗しい事は知れているのか求婚者が次々と現れました。

だからすぐにいなくなるだろう、そう考えていた皆の元に聞こえたのは、獣の咆哮。

そうです。

お姫さまの居城には、なんとも大きな野獣ライオンが彼女を守るように住んでいたのです。


「――美しい…」

「それは認めますけどねぇ」


いつものように窓際でその獣を眺めるお姫様に、見惚れる男が一人。

護衛騎士を一人連れたその人は、ゆったりとした服装に、似合わない剣を持ちながら門の外から彼女を眺めていました。

……護衛騎士と喧嘩しながら。


「今日こそは、あの獣を説得して彼女に会いに行く!」

「獣を説得って言う段階でなんか違いますよね!?」

「うるさいなー、だって彼女は時々あの獣と戯れてたりするんだぞ? 怪我なんてさせて強引に通ろうとしたら嫌われてしまうじゃないか!」

「……」


まともに獣を説得しようとする主人がおかしいのか、それともあんな怖い獣と戯れてしまうかのお姫様がすごいのか。

とりあえずあの獣を見て大体の求婚者は逃げかえったと言うのに、逆に燃え上がってしまった主人を持ってしまったのが彼の不幸には間違いがなかった。

そして今日も主人は、そろりそろりと門から獣に声をかける。


「おーい。また来たぞー」

「ぐるるるるる」

「王子すげぇ威嚇されてますよ!?」


王子が呑気に声をかけた途端、ぐるると喉を鳴らす獣。

音もなく近寄ってくる獣へ剣を構える護衛騎士に、王子はまったをかけた。


「こら、剣を向けるな」

「そういうわけにいかんでしょうが! あんたが怪我の一つでも負ったら俺の首が飛びます!」

「いいから!」

「あっ!」


がう! と叫ぶ獣に咄嗟に剣を向けた護衛騎士。

一人で護衛を申し出るだけあってその切っ先は鋭く、威嚇に近づいていた獣の指先を軽く切り裂いてしまった。


「!? なんて事を!」

「イヤどう考えても攻撃してきたあっちが悪いですよね!? ってーか近寄んな!」


きゃん、と猫のような声をあげて蹲る獣に近寄ろうとする王子を引きとめる。

そうして護衛騎士は疲れたようにこう言った。


「なんにせよ怪我をさせてしまったわけですし、謝罪ついでにあのお姫様に会ってみたらどうですかね」

「う……、そう、しよう」


そうして王子様は恨めしそうにみる獣の横を通り過ぎ、居城に入る事に成功したのであった。





ひょこひょこと足を引きずりながらついてくる獣を警戒しつつ入った城の中。

あまり人がいないのだろう、そこかしこに埃が積もった廊下を歩きながら王子と騎士は上を目指す。

外からでもかの人の姿を見れたのだから、どこにいるかを判断するのはさほど難しくはなかった。

何度声をかけても誰も出てこなかったので不法侵入になっている気がしないでもないのだが。


「おーじー……俺嫌ですよ、扉開けたらさらに獣が倍率どんでいるとか」

「いやさすがにあのような獣は1匹だけじゃないかなぁ。そもそも珍しいものだしな」

「え? 王子はあの獣の名前を知ってるんです?」

「ああ。らいおんと言う。遠い砂漠にいる獣だと聞いていたが、そもそもこの子は声をかけると反応したりするからちょっと話の通じないケダモノとは違うのではないかと思っていたが……なんだって飛びかかってきたのだろうな?」


王子の呑気さに頭痛を覚えつつ、説得が本気だった根拠を聞いて騎士は密かに剣を握り直した。

らいおんという獣はどうやら話を聞くだけでも、言葉は通じない、肉食で人を食う、どう考えても説得に向いていないものだとわかったからだ。


……今も少しだけ距離を開けて、ひょこひょことついてくる様子はそんな獰猛な様子は見えないのだが。


「よし、ここだな」

「王子。開けるんで俺の後ろに」

「わかった」


そうして開いた扉の先、吃驚したように目を丸くするお姫様はただ一人窓辺に佇んでいた。

他にはベッドと机しかない殺風景な部屋に首をかしげつつ、王子は口を開いた。


「大変失礼ながら入らせていただいた。私はこの国の第二王子、アダムと言う。もしよければ貴方のお名前をお聞かせ願えないか?」

「……」


お姫様は黙ったまま、アダム王子と護衛騎士を見つめた。

王子はおそらく獣を傷つけたことで気分を害しているのだろうと思い、謝罪するために頭を下げる。


「貴女のライオンを傷つけてしまったことは申し訳なかった。どうか、まず謝罪を受け取ってもらえないだろうか」

「王子、傷つけたのはお……私です。姫、私からも謝罪を。主人に責はありません、どうか罰を与えるならば私に」


二人揃って頭を下げ、姫を見つめればどうやら困惑しているかのようだった。

彼女は何度か口をあけ、そうして意を決したようにこう言った。



「がう」



―――――――――What?







「王子どうしましょう、全然言葉が通じません」

「イヤ言葉と言うか……言葉、喋ってないだろう」


何度か謝罪や他の話題を振ってみたものの、お姫様はただがうがうというばかり。

さながら獣とでも言えばいいのか、まるで言葉の通じない様子に二人は困惑してしまった。


「がう……」

「ああいや、貴女を困らせたいわけではないのだが」


言葉は喋れないものの、困っている様子はありありとわかる。

だが謝罪すらも伝えられない状態ではどうしようもないし、そもそもまた訪ねてくることもできない。

どうしよう、と思っていた矢先に王子の前に、いつの間にか獣がやってきた。


「うん?」

「ぐるるるる」


獣は言葉が喋れなくて当然。

そう思い鳴き声を聞いていると、その獣は何故か足元をぱしぱしと叩いた。

思わず目線を寄せてみると、そこには傷つけられたせいだろう、血で汚れてしまった床が存在した。


「む、傷が深いのか? 手当をしても良いだろうか」

「ぐるる」


―――違う。

そう言いたげに、ゆるりと振られる首。

もう一度床に目を落とした王子は、次の瞬間驚いたように声を上げた。


「おい、見ろ!」

「は? なんですか王子」

「文字だ!」

「はぁ???」


血で汚れていただけに見えた床には、見づらいながらも何か大きく文様が書かれていた。

護衛騎士にはのたくったミミズのようにしか見えなかったものだが、どうやら文官である王子には読める文字だったらしい。

まさか、偶然だろ、と思いながら王子に意味を聞いてみた騎士は、内容に愕然とした。


「『許す』『誤解』…えーと? これは、『脅かした』『謝罪』?」

「そんなにかいてあるんですかこれ!?」

「ああ。えーとそうだな、もしや俺たちが彼女に危害を加えるのではないかと脅そうとしたらやりすぎて切られてしまった。俺たちを誤解していた、ごめん? ってところかな」


文字から連想出来る内容を告げると、獣は満足そうにぐるる、と鳴いた。

それはまるで『そのとおり』と言わんばかりに。


「そうか、傷の方は大丈夫か?」

「ぐる」


――軽傷。心配ない。


「そうか。だが、脅かしてしまったことだし、そろそろお暇するよ。また来るから、その時はちゃんと通してくれ。彼女に危害を加えたりはしないから」

「ぐるる」


――わかった。


まるで通じているかのやりとりに騎士が茫然とする中、王子は一人嬉しそうに頷いて帰って行ったのだった。






それからというもの、王子は毎日のように通い詰めた。

あれほど焦がれたお姫様のもとではなく、何故かの元へ。


「王子あんた嫁取りにここ来たんじゃなかったですっけ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ何も……」


獣に文字が書けることを知った王子がした事は、まず砂の入ったトレイを用意することだった。

こうしたら書けるし消せるだろ? と砂を動かす王子に、何故かありがとうを書き始める獣。

既に何か色々間違っているような気がしてならない。


「うん? ベル、どうした?」

「ぐる」

「『眠い』……そうか。寝ててもいいぞ、私はこれを終えてしまうから」


第二王子といえども多忙な彼は、毎日通ううち外に出してもいいものはこの居城でやっていた。

いつのまにやら木の根元で、寄り添うように寝そべる獣と王子がいる。

これが麗しい姫と格好いい王子なら絵にもなろうが、いるのは王子より一回りはでかそうな獰猛なライオンと、華奢としか言いようがない王子。

しかし不思議と違和感はなくて、キケンな獣を近付けるたびに毎回獣の後ろで待機する羽目になっている騎士も、なんだかなぁとその光景をほのぼのと眺めるようになった。


お姫様は相変わらず窓辺でそんな1人と1匹を見ている。





そんなある日のことであった。

その日は通い始めて1カ月程度たっていたころで、王子の気持ちにも変化が訪れていたようだった。


「――最近私はおかしい」

「最初からおかしかった気がしますが」

「黙れ。―――そうではなくて、ここに来ないとすでに、落ちつかない気持ちになっている。これが恋というものだろうか」

「…………」


王子の目線の先にいるのは、既に窓辺の姫などではなく。

今日も今日とて木の根元で気持ち良さそうに日向ぼっこする獣であった。


「王子」

「ああ、ベルは今日もかわいいなぁ……」


通いつめて一ヵ月。

王子は既にメロメロだった。

―――――ライオンに。


「王子さすがにあれと結婚するのは無理です」

「そうなんだよなあ。だからと言ってベルと一緒にいたいから結婚してくれというわけにもいくまい」

「当たり前だろ!?」


そもそも窓辺のお姫さまの美しさに一目ぼれした筈なのに、どうしてそうなった!?

憤慨する騎士等見向きもせず、王子は今日もベルに近づく。


「ベル」

「ぐるるー」


――いらっしゃい。

声まで聞こえてきそうに懐く獣は、でも主は姫なのだろう。

こうやって王子と過ごした後、心配そうにいつも獣は姫の元へ帰っていくのだ。

寂しそうにする王子を振りかえることはあれど、その歩みに迷いはなく。

そうして王子はいつもふられている。


「どうしたらお前と一緒にいられる?」

「ぐる?」


どうしたの? と顔を伏せたまま王子を見上げるらいおん。

ほのぼのと見せかけたその戦慄する光景に、騎士は今日も剣を振りおろさないように気をつける。

緊張の一瞬に、ライオンは騎士等見なかったように砂へ文字を書くのだ。


――――『無理』







2ヶ月経った。

今日も今日とて王子は獣と戯れているが、その顔に覇気はない。

それもその筈、娶れる気配がないのならば帰って来いと王に泣きつかれたからであった。

王子は王に頼りにされる程度には優秀だった。


「ベル」

「ぐる?」

「今日はお別れに来たんだ……」


姫にすっかり興味を失くしてしまった王子は、でも獣のベルと離れるのは嫌なのだろう。

いつもはやらないというのにそのライオンの頭に顔をうずめ、彼は囁いた。


「俺は君が好きだよベル」

「……」

「君が人間だったらよかったのに」


ぎゅう、と獣を抱きしめる王子に騎士はやっぱり戦慄した。

いつその爪が王子の柔肌に食い込むのか気が気ではなかった彼は、だからその後の主人の暴挙を止め損ねてしまったのだ。

獣でしかないベルに、思いっきり接吻くちづけするという暴挙を。


「!? なにやってんすかあああ!?」


するとどうだろう。

何故かライオンはさっと離れると、居城へ駆け込んでいってしまった。

振られた形になった王子は茫然としていたが、やがれ諦めも付いたのだろう騎士を促して外へ出ようとした。

だが、声にその歩みは止められた。


「―――――待って!!」


鈴の音のような高い声は、一度だけ聞いたことがあった。

意味のない言葉の羅列しか喋れなかった筈の彼女は、大慌てで降りてきたかと思うと王子を呼びとめたのだ。

首を傾げる騎士に、王子は何故か姫の元へ駆け寄って言った。


「ベル!?」


いや、ソレ獣の名前でしょうが。

心の中で突っ込みを入れる騎士に、二人は気付かなかった。

気付かないまま、そのまま抱きあってしまった。


ひし、と抱き合う二人。

騎士は思った。


(――――何がどうしてそうなった!?)



答えを教えてくれる者は誰もいなかった。







りーんごーん。

教会の鐘が鳴る。


「おめでとうございますー!」

「お幸せにー!」


ライスシャワーの雨が降る中、色々あったなぁと騎士は回想する。

それはとてもとても疲れた顔で。


あの後。


抱き合う二人が我に返った後は、何故か自己紹介から始まった。

そうして騎士と王子は、何故姫がここに隠れるように住まう事になったかを教えてもらえたのだ。


どうやら魔女とやらの呪いで、彼女と彼女の飼っていたライオンの精神入れ替わっていたらしい、と言う事を。


どうしてそうなったのかと言えば、麗しいお姫様に振られた男が八つ当たり気味に魔女へないことないこと吹き込みまくった結果、魔女はそんな悪女とっちめてやるわー! とどこぞの物語と一緒で昼は獣、夜は人、といったものにしようと思ったらしい。

だが魔力が足りなかった。

腹いせなのか、魔法のかかり方がおかしかったのか、隣国でとても仲が良かった飼い猫(?)であったライオンに目をつけて、めんどくさいからこれといれかえちゃえー☆とやられてしまったらしい。

アバウトを通り越して人災であった。


姫に非がないことを知っている王様は大層悲しみ、かといってそのままで放置しておくわけにもいかず。

そうして隣国の、無体を働きそうにな人が来なさそうなところへ住まわすことにしたと言うのが事の真相だった。

まあ、美人で言葉も通じない姫相手であれば、その非力さから何が起こるかわからないと心配するのが親心と言うものだったのだろう。


そこに強引に入ってきた王子に危機感を覚えた姫は、ずっと警戒していたが……。

毎日獣である自分に通ってきて、その上好き好きしている王子に絆されてしまった。

その上「どう考えても獣にキスとかそんな呪い解除方法なんて解けるわけないわ」と思っていたのに、それすらも王子は本能なのかやらかしてしまい、呪いが解けてしまった。


結果は推して知るべし、と言うところだろうか。

ちなみに解除方法を知ってしまうと、呪いは解けない仕様になっていた。

それゆえ呪いを解いた王子に、隣国の王様は結婚を反対することもなく祝福してくれた。


「まー、幸せならいいんすけどね。なー」

「がう」


人懐っこいライオンを撫でつつ、彼は休暇の今を結婚式見学で楽しむのであった――。



おしまい

とあるひとこま。


「そう言えば王子、なんでお姫様見た時本人ってわかったんですか?」

「ん? なんでだろう。喋ってたから?」

「(……この人の直感ってどうなってんだろ……)」


さらにひとこま。


「そういや結局王子は獣が好きだったんですか、それとも姫が好きだったんすか?」

「ベルが好きだっただけだと思う。顔に一目ぼれして、一緒に過ごすのは獣との方が楽しかったから」

「(…考えてみたらそういうことか。やっぱりすげーなこの人)」


そして結婚式の夜ふと気付く。


「(……そうか。動物並みなのか王子の直感)」


騎士はお姫様の無事を祈りましたとさ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話は面白い。 もう一捻り欲しかったかな? [一言] 例えば帰る日になってから冒険者がやってきてライオンを退治しようとするとか。 「俺の彼女に何しやがる!!」 なんて言った日には、気が…
[一言] しかしずいぶん懐かしい漫画のタイトルですね。
[一言] 王子のアホさが一周して、なにか別のものに変わっている…… うん、なんかいいです! この正体不明な感覚!
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