ACT.07
ACT.07
何時だったか忘れた。
ただ、あたしの大事な思い出。
『どうしたの?何だか泣きそうだよ』
幼い頃から本の虫だったあたしは、よく近所の図書館に本を読みにいっていた。その日は、友達とケンカして泣きそうになってたんだと思う。
いつもの顔見知りの司書さんが、あたしの顔を見て首を傾げた。
何も言えなくて俯くあたしに、ちょっと待って、と言ってその場を去った。
『はい』
『え?』
戻ってきた司書さんの手には、みんなに読まれて少し古くなった本が一冊。
その本を、あたしに差し出してきた。
『七海ちゃんが、好きそうな本だと思う。……元気だしてね』
そう言って、頭を撫でて笑ってくれた司書さん。
司書さんが選んでくれた本は、あたしの好みにストライクで気分が落ち込んでいるときには読むとスカッとする本だった。
(あんな司書さんになりたい)
幼い胸に浮かんだ、小さな夢。
その夢は、大きくなって叶い、そしてあの司書さん目指している自分がいる。
(あたしの、夢……。大切な夢)
透は何事もなかったかのように、翌日からも図書室に顔を出し七海をからかって遊んでいた。どういう結論を出したか聞かずに、ただそばで会話しているだけ。
時々何かを気にするような視線を受けてはいたが、あえて気が付かないフリをしながら。
それしか、七海は出来なかったから。
……まだ、答えは出てなかったから。
いや、本心を認めようとしていなかったから。
だから、笑った。
もう、悩んでいない、というふうに。
もう、終わった悩みだと。
そんなことで、透を騙せるとは思ってはいないが。
まだ、答えを出したくなかった。
数週間が過ぎ。
本格的に日中の暑さで体力を奪われるようになって。
学生が夏休みになったころ。
ブーブー、ブーブー。
図書室で本の整理をしていた七海の携帯がメールの受信を知らせるバイブがなる。
ちょうど人がいないときだ。
誰からメールがきたのか確認しようとした七海は動きを止めた。
パタン。
静かに携帯を折りたたむ。
分かっている。
答えを出さなければいけない時期が近いということも。
それが、すぐに迫っているということも。
……分かっていたのに。答えを出さなかったのは、自分が甘かったから。
本棚にもたれ掛かるようにしながら、静かに床に座り込む。
いつもはすぐに返す返事。だけど、返せなかった。
まだ、迷いがあるから。
まだ、未練があるから。
こんな自分は女々しいと思いながらも、ただ膝を抱えた。
「……淳」
ぎゅっと携帯を握りしめる。
『本社勤務、2カ月後に決まった。
ご両親に会いたいから、都合のいい日を教えて?』
シンプルに用件だけ伝えてきた、半年以上ぶりの淳からのメール。
いつもなら、淳からのメールが楽しみで1通でも来たら天まで昇るように感じていた。
ただ、今の七海にとって淳からのメールは欲しくなかった。
答えを出す。
別れを切り出すか、夢を諦めるか。
それを意味していたから。
どちらをとっても、涙を流す。それはわかりきっていることだから。
だから。
七海は何通か返事を求めるメールの返信画面を開くことなく。
初めて、淳からのメールを無視し続けた。