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ACT.05




ACT.05




いつもは昼休みになる前に保健室に帰る透が、その日はグダグダと図書室に残っていた。


「川並先生、もう帰らなくていいの?」


「んー。何かあったら、学内PHSにかかってくるだろうし。

職員室の先生たちに、七海ちゃんとデートしてくるからって伝えてるし」


「最近、やたら他の先生が川並先生とのこと聞いてくるのは、川並先生のせいだったんだね。

デートなんてものじゃないのに、大げさにいわないでよね?」


「え、いいじゃん?俺と七海ちゃんの仲だし」


「どんな仲なのよ……」


「俺と七海ちゃんはラブラブー」


「脳外科受診してきたら?」


「あっ、ひでっ」


笑いながら、読んでいた数年前のベストセラー小説に目を戻すフリをして七海の仕事をする様子を見る。


やっぱり、何かおかしい。

いつもの作業なので、間違いはないが、無意識にため息をつく表情。どこか遠くを見る眼差し。ふと気がつくと止まっている手。


おかしい。絶対に。


「……なぁ、七海ちゃん」


「え?」


「やっぱ、なんかあっ」


ガラガラ!


「先生ー!新刊借りに来たよー」


勢いよく開いたドアと、女子数人の賑やかな声に透の声はかき消される。


「あ、うん……『夢の丘3巻』だったよね?

ちょっと待っててね?」


カウンターの後ろにある棚から本を取り出している七海に、女子たちは顔を見合わせる。


「……あれ、川並先生もまだいたの?」


その内の女子1人が、机で本を読んでいた透に気がつき声をかける。


「そーよ?いちゃ悪いー?」


バサッ!


「って、星村先生、すごい鳥肌ー!?」


生徒の前ではオネェキャラを貫いている透が、生徒の前でオネェ口調を使うのは当たり前。

だが、今まで普通に話していたせいで、気が緩んでいたのだろう。思わず落としてしまった新刊を、慌てて拾い上げた。


「や……あははは……」


とりあえず苦笑するしかない七海は、内心の焦りを鎮めるかのように、貸し出し作業に集中しようとする。


「そういや、有名になってますよ、先生たちがお昼休み前にスキンシップしてること」


「あらそう?でも、まだまだなのよねー。

あたしがこんなに好きってアピールしているのに、すごいニブチンでぇー」


えーと。

パソコンから貸し出し画面を呼び出して。


「毎日星村先生の悲鳴すごいですもんねー。

密かに賭けてる先生もいるんですよ、今日は悲鳴があがるかどうか。よく負けた先生がジュース買ってますもん」


「あー、それ知ってる。いつ星村先生が川並先生になびくかってバージョンもなかった?」


「えっ、そっちは知らないわ。他にはどんなのがあったりするの?」


バーコードを読み取って、返却期限の判子を押して。


「いつ、川並先生が我慢出来ずに押し倒すか、とか」


「ちょっと待ったぁあ――!?

な、何それ!?」


心頭滅却して貸し出し作業に専念することで意識から押しのけようとしたが、あまりの内容に思わずカウンターに手を突き立ち上がってしまう。


「だ・か・ら!

いつ、川並先生の堪忍袋の緒が切れるかって……」


「あたしと川並先生は、そんな関係じゃないって!!」


「えぇ――!?あたしの本気が伝わってなかったの!?透、ショーック!」


「川並先生は話をややこしくしないでくださいっ!!」


頬に手を当てわざとらしく悲しい顔をする透に、七海は真っ赤になりながら叫ぶ。

他の人に聞こえたらイヤなので、ボリュームは抑えられてはいたが、必死の表情に女子数人プラスオネェ1人はからかいモードに拍車がかかる。


「星村先生、星村先生。

そうはいっても、星村先生しかいない図書室に毎日現れる美形!」


「可愛い反応の星村先生に、オネェでも男の川並先生。

もう、襲ってくれっていっているものでしょ!?」


「え、なぁに!?もしかして、あたし、襲う方に期待されてる!?」


「川並先生っ!!

ふざけるのも大概にしてくださいっ」


あまりの刺激の強さに、もはや全身から湯気が出そうな程真っ赤になっている七海に、七海以外のその場にいた全員の笑いが納まらない。

もう立つこともままならないくらい疲労困憊の七海の唯一の救いは、まだ図書室に他の生徒がいないことだったかもしれない。


「ということで、先生たち付き合っちゃえば?」


笑った笑った、と瞳の端に滲んだ涙を拭いながら言った言葉に七海は苦笑する。


「本当に、そういう関係じゃないから。

……彼氏もいるし」


「え」


「え」


「えっ」


「な、七海ちゃん」


七海の発言に、一同が目を丸くする。


「彼氏、って」


「いますよ」


「嘘ぉ〜〜っ!?」


あっさりともう一度言った七海に、全員が絶叫する。


「嘘じゃなくって!?え、マジで!?」


「……何か、そんなに信じてもらえないと逆に凹むんですけど」


「何で川並先生把握してなかったんですか!?」


「あたしだって、予想外だったのよ!!」


「ちょ、もうコレはダメでしょ!?

川並先生、保健室で作戦会議しよっ」


「いいわよっ、なんならお茶までサービスするからっ」


「やった!

じゃ、星村先生また!!」


「あ、新刊借りるね!」


「え、ぇ?え……あ、うん……」


盛り上がる女子(プラスオネェ)メンバーは慌ただしく図書室を出て行く。


急に静かになった図書室に、嵐が去ったかのようにガランとする室内。


「…も…マジで勘弁して……」


ガックリとカウンターに身を伏せた七海の本音が漏れる。

あぁ、もう。

余計なエネルギーを吸い取られた。


ガラガラ。

図書室にひょこっと男子生徒が顔を出す。


「……あ、いらっしゃい。

今日は返却?」


ドアの所で立ち止まる生徒に、声をかける。


「……?」


無言で、自分の胸の前あたりで握り拳をつくる男子生徒。


ぎゅっと握りしめ、瞳で訴える。


頑張れ。


そのジェスチャーだけすると、スルスルとドアを閉める。


「…ふ…ふふ……」


七海の口元が上がる。


「……川並先生の、ばっかやろぉ――っ!」


静かな図書室。

七海の絶叫が響き渡る。


今日はヤケ酒決定。


肩で息をしながら、七海はぐったりする身体を、今度こそカウンターに預けた。





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