ACT.03
ACT.03
夜もふけて、そろそろ寝ようかとベッドに入ったその時。
携帯から着メロがなりだし、おや、と七海は目を見張る。
「はーい、こんばんは。淳」
『おうっ、久々だなっ』
「本当にね。こんなに彼女をほっておくなんて、失礼な彼氏だね」
『悪かったって。仕事でな、今、良いところなんだよ。
もしかしたら、栄転もあるかもしれないんだぜ!?』
「本当?」
『あぁ!!今のプロジェクトが上手くいったら、夢じゃねぇし』
興奮したように話し続ける彼氏に、おめでとう、と言う。
七海が坂田淳と付き合い始めたのは七海が短大に入ったころからだから、もう6年前になる。
合コンで知り合い、夢に向かって真っ直ぐ走っていく淳に惹かれていったのが始まりだ。
でも。
「ね、忙しいのは分かるけどさ……たまには、メール返してよね?いつになってもいいから」
『分かってるって。でも、忘れちまうんだよなぁ。
けど、ちゃんと見てるぜ?七海からのメール。すっげー嬉しいし』
無邪気に笑う淳に、電話口で七海は表情を曇らせる。
(そんなこと言うから、嫌いになれないんじゃん……)
『な、元気だった?そういや、学校。人間関係大丈夫?前に電話したとき、苦手なヤツがいるって言ってただろ?』
ドキッとする。
最後に電話したのは、4月の当初だった。
3ヵ月前のことを覚えていてくれたことに、自然と頬が緩む。
「う、うん!何とか和解できたよ。
話し合ったらイイ人……だった」
『なんか、微妙に間があいたけど?』
「……や、なんかSっぽくてね?何が気に入ったのか分からないんだけど、やたら絡んできて……」
そう。
あの保健室の一件以来、何かと絡んでくるようになった透。
しかも、わざわざオネェ言葉で話しかけてきて七海の反応を楽しんでいるのだから質が悪い。
『そいつって、男?女?』
「……へ?お、…男?」
一瞬、オカマと言いそうになったが、寸前のところで言い直す。
まぁ、キャラ設定だから真性のオカマじゃないし。
『へ―…』
一気に低くなった淳の声に、七海は首を傾げる。
「淳?」
『言い寄られてるんじゃないだろうな?』
「へ?」
『お前、ぼさっとしているから、口説かれてても自覚してねぇだろ』
最早疑問系じゃなく、断定された物言いに、言い返そうとするが口を閉ざしてしまう。
人の恋愛感情を読み取るのが極端に苦手な七海は、淳に口説かれていても自覚しなかった前科がある。
「大丈夫だよ、相手は完全に面白がってるだけだし」
『どーだか。
お前の大丈夫はアテになんねーし』
「大丈夫だよ。そんなの、絶対にないし。あの空気で、そんなことはないよ」
笑う七海に、電話口で淳が重いため息をつく。
『……ったく。側にいないことが、こんなに厄介だなんてな。
いい加減、お前、俺の家から通勤しろよ。何度も言ってるだろ?』
「何度も言ってるでしょ?
淳のアパートからだと、あたし通勤2時間かかるんだよ?
そんなの無理だよ。
淳がこっちに来てよ、淳だったら1時間で通勤出来るし」
『会社が目の前っていう絶好のアパートに住んだら、通勤1時間なんてやってられねーじゃん?
ま、もしも栄転が決まったら、俺お前の両親に挨拶行くからな』
「……え」
『付き合って6年だろ?そろそろ結婚しようぜ?
そうしたら、お前も俺のところに文句なく来るだろ?』
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!?
そうしたら、仕事は!?確か、本社は東京でしょ!?」
『そうだけど、寿退社っつたら、すんなりと退職させてくれるだろ?
俺も淋しいんだよ、独りの部屋に帰るのが』
「そんな簡単なことじゃ…!」
あまりに勝手な言い分に、思わず七海は携帯を握りしめる。
さすがに、これはいくらなんでもヒドい。
『……っと、ワリ。キャッチだ。
また詳しいことは電話すっから。じゃあなっ』
「まっ、……切れた」
ツーツー…、と無機質な通話終了音に七海はため息をつく。
ベッドに身体を投げ出して、またもう一つ深いため息。
「……結婚、か」
そういう話も出る時期だとは思っていた。
が、何だか七海が置いてきぼりになっているのは気のせいではないように思う。
どこか抜けているといわれる自分。同い年でもグイグイとリードしていくところに、惹かれたのも事実。
リードしてくれるのに、気を許してくれるようになるとだらしないところも見えてきて。
《七海がいてくれて良かった》
無邪気に目を細めて、部屋の掃除をしている七海に笑いかけてくれて、それが嬉しくて。
淳が笑うなら、何でもしたいと思ってしまった自分もいる。
でも。
通話の切れた携帯を、じっと見つめる。
例えば、淳と結婚して数年後。
どうなっているか、七海にはビジョンが描けない。
きっと、子どもが出来て、専業主婦になって。
……でも、淳との関係は?
「……あー、もうイヤ……」
好き、なのだ。
こうやって電話がくれば嬉しくて。
でも、淳の思い描く未来と七海の思い描く未来が重なってないような気がして。
(淳)
すぐそばにいれば、こんなに迷わないのだろうか?
淳の未来を、素直に応援出来るのだろうか?
「……会いたい、よ」
枕に顔をうずめ、呟いた言葉は誰に聞かれることなく消えていった。