ACT.02
今現在、コーヒーを淹れてもらい、ニコニコと机の向こうで微笑んでいる透が、どうしても苦手だ。
「ね、美味しい?」
「へ?」
「コーヒーよ、コーヒー」
ぼんやりと物思い……というより現実逃避にはしっていた七海に、カップを指差して微笑む透。
その一連の流れるような仕草と微笑みに、また鳥肌がたつが長袖を着ているので多分バレてないだろう。
「美味しい……です」
「良かった。七海ちゃんは砂糖抜きのミルク多めだもんね」
「……何で知って」
「職員室で、見てたから。七海ちゃんのこと。
猫舌なのに熱いコーヒーを冷ましながら飲んでいる姿を、ずっとね」
透がそっとカップを下ろすと、真剣な瞳で七海を見つめる。
「背が低くって、ほんわかしてて。
本の話になるとすごく嬉しそうに話して、素直で考えていることがすぐに表情に出ちゃって、本当可愛くって。
年も近いし絶対仲良くなりたいと思ってるのに。
……あたし、何か七海ちゃんにしたかしら?」
「……あ」
その切なげな瞳に、ズキッと胸が痛くなる。
誰だって、人から嫌われているのはイヤだ。
いくら隠し事が出来ないくらい表情に出るといっても、透には失礼だ。
「ごめんなさいっ!」
「な、七海ちゃん?」
思わず立ち上がり頭を下げた七海に、透は目を丸くする。
「川並先生が悪いんじゃないです!
ちょっと……あの……昔、そういう人にトラウマがあって……」
「……そういう人?」
「……えーと。
なんと言いますか……美女だと思ってた人に、いきなり襲われかけて……オカマさんだったようで……」
最後はモゴモゴと口ごもってしまったが、透にはしっかり伝わっていたようだ。
「なるほど、そういうワケね」
「……すみません」
頭を抱える透に、小さく謝罪の言葉を言うしか出来ない七海は頭をうなだれる。
「あたしも男だから、七海ちゃん……苦手意識もっちゃったのね」
「なっなんで川並先生が…!
悪いのはあたしですし!」
ごめんなさいね、と頭を下げられ慌てて手を振るがどこか遠いところを見てる透に、正直戸惑う。
悪いのは、こっちなのに。
「いいえ、知らなかったとはいえ、あたしの口調で不快な思いをさせているのは事実よ。
それに、そんなに鳥肌をたたせて」
「な……!何で知って……!」
思わず固まってしまった七海に、小さく笑う透。
不意にいらずらっ子のように、にっと笑った透。
「……オネェ口調じゃなくて、ちゃんとした男口調なら、平気?」
「へ?」
「口調さえ変えたら、仲良くなってくれる?七海ちゃん?」
今までの高いキーの話し方じゃなくて、年相応の男性の声で呟かれた言葉に一瞬理解できなくてキョトンとする七海。
「え…え、えぇ!?」
「俺だって、こっちが地ってこと。
保健医の先輩が勤務先でイロイロあったことを聞いて、女の子の恋心除けに『オネェキャラ』作ってるだけだし」
これだったら、平気だろ?
そういってイラズラがバレた子どものように笑う透は年相応の『男性』に見えて。
(鳥肌、消えた……)
何か、ストンと安心感に包まれて思わず苦笑した。
「……ありがとう、ございます」
「いや、こっちこそごめんな?
無理やり問いただして。オネェに絡まれて瀕死だったじゃん?」
「……普通、そんなに嫌がられてたら無視しません?」
脱力しながらコーヒーを飲む。
蝉が、窓の外で鳴いている。
開け放された窓から、体育の授業のホイッスルと夏の始まりを感じさせる熱い風が流れてくる。
「言っただろ?」
夏が、始まる。
「大好きだって。
……寂しいじゃん?好きな子に嫌われたままじゃ」
気のせいだ。
胸が一つ高鳴ったのは、気のせいだ。
柔らかく笑う透と、まだ熱さを残すコーヒー。
透の真意に気がつくことなく、胸の動悸を沈めようとコーヒーを一気飲みした。
「って、あっつー!?」
「だ、大丈夫!?」
とりあえず、今すぐ言えること。
オネェの川並透は苦手だが、もしかしたら男の川並透も苦手かもしれない。
こんな美男子、そうそういない。
まぁ、そんなに接点もないし、あまり関わることもないだろう。
その考えが甘いことを、まだ七海は知らない。