ACT.23
ACT.23
4時間目の終了を告げるチャイムと共に、数人の忙しない足音が図書室の前で止まったことに気が付いて、七海は顔を上げた。
「星村先生っ!今日、川並先生は……って、いる!?」
勢いよく開けられたドアから、図書室の隣の教室の生徒が入ってきて、図書室の奥に座り込んでいる透を見て目を丸くする。
「あ、久しぶりー。夏休み、元気だった?」
「元気も何も、部活漬けだったけど……って、そんなことはどうでもいいって!
今日、星村先生、川並先生の愛の囁きはなかったの?」
「きぃーてぇー……。七海ちゃんったら、すっかり耐性つけちゃったのよぉ―……」
どんより背中に影を背負った透が、ゆっくりと立ち上がり、生徒に向かって歩いてくる。
「毎日毎日、やられてたら、そりゃ耐性もつきますって」
呆れた顔をしながらも、どこか得意気な七海に、その言葉が真実だと悟ったのだろう。
とりあえず、男子生徒が透の肩を叩いてなぐさめる。
「あたしはねぇ、七海ちゃんの微かに潤んだ瞳で見上げられるのが好きだったのよ!
こう、ぞくぞくっとして、もっとなかせて、襲い……」
「オット、アシガスベッタ」
「〜〜〜!」
足のスネを蹴り上げると、痛みに転げ回る透。スリッパで蹴り上げたのだから、それほどダメージはないだろうに大袈裟な。
「でも、星村先生、本当にオネェ克服したの?」
「んー?どうだろ、でも、川並先生なら平気かも」
「本当?七海ちゃん」
すっと後ろから抱きしめられ、生徒たちから歓声があがる。
「なら」
顎を持ち上げられて、目を丸くする七海に、微笑む透。
「愛してあ・げ・る、―――七海ちゃん」
きゃ―――!という黄色い歓声と、七海が真っ赤になるのは同時で。
「〜〜っ、近寄るなぁ!?放してっ」
「……やっぱ、この反応可愛いわぁー、どうしよ、今度からこの路線に変えちゃおうかしら」
透の腕から放れようとジタバタもがく七海に、うっとりしたようにきつく抱きしめる透。
「じゃあ、うちらお邪魔だし、お昼食べに行こっか」
「そうだな」
「ちょ、助けてよっ!?」
涙目の七海に、生徒たちはにっこりと笑う。
「だって、先生可愛いんだもんー。川並先生がイジメたいの分かるし」
「なっ」
「大丈夫だって、川並先生いい人だし」
「川並先生、避妊はしっかりねー」
「何言ってるのよーっ!?」
笑いながら出て行く生徒たちを見送りながら、真っ赤になって相変わらずもがく七海に、背後から小さくかみ殺した笑いが漏れる。
「……何笑ってるのよ」
「だって、七海、可愛すぎ」
「好きな人に人前で抱きしめられて、平気な人がいたら尊敬するわよ」
ため息をつきながらの言葉だったが、急に動きを止めた透が慌てて七海を放す。
「?どうしたの?」
不思議そうに後ろを振り返って透を見ると、真っ赤になり顔を押さえているのを見て、目を丸くする。
「……マジで襲いそうになるので、勘弁してください」
「……?」
首を傾げた七海だが、とりあえず頷くとパソコンの前に座った。
今日は新刊が何冊か届いている。
来週末に発送する図書館便りの新刊案内に紹介するため、複合機でスキャンしてパソコンに取り込む。
「……ねぇ。七海ちゃん?」
いつものように。それこそ付き合うまでのように、付き合ってからも昼食を一緒にとってからすぐに仕事に取りかかる七海を、貸し出しカウンター横に置いてある、半ば透専用となりつつある椅子に座って、頬杖をついた透が高い声で七海を呼ぶ。
「んー?何?っていうか、何でオネェモード?」
「……あたしのこと、本当にもう平気なのー?」
「あー、そのこと?」
画像を縮小して、便りのレイアウトを決めていく。マウスを細かく動かしながら、視線はパソコンに向けたまま七海は笑う。
「だって、透は『透』でしょ?」
口調がどうであれ、川並透は『川並透』だから。
七海が好きな、川並透だから。
「……そっか」
「……そーなんです」
小さく呟かれた返事に、自分で言った言葉の意味をやっと理解した七海は、慌てて俯いてキーボードを打つ。
「なら。俺もいつか、ちゃんとけじめつけなきゃな」
「……え?」
どこか硬さを含んだ声に、七海は思わず振り返る。
いつの間にか立ち上がった透の顔が目の前にあって、思わず身を引こうとした七海の肩を掴んで寄せて唇を一瞬重ねる。
「……俺が、こうなった理由。
まだ、この幸せにひたってたいから。だから、もう少しだけ待って?」
「……オネェキャラは、恋愛対象に映らないようにって」
どこか哀しげな透に、学校でキスされたことを怒ろうとしていた気持ちは、呆気なく沈下する。
「それは、一部の理由。本当は、もっと大切な理由があるから。
でも、少しだけ待って?俺が、ちゃんと話せるようになるまで」
ノー、と言える雰囲気でなかった。
頷いた七海を、ありがとう、と小さく呟いた透が頭を撫でて図書館を出て行った。
頭に残る透の温もり。ざわざわと胸がざわつくが、パソコンに再び向かい合った。
今言うつもりがないなら、言うなっつーの。
不安を愚痴に変えることで、紛らわせようとするが、出てくるのはため息のみ。
いけない。今は、仕事に集中!
パン!と頬を叩くと、もうすぐ来るであろう生徒たちに心配をかけないように気合いをいれた。