ACT.21
ACT.21
「……それでは失礼します」
「待てよ」
返事がないのに痺れを切らして、七海の家まで行った時、七海の同僚である透に出会った。
熱があったという七海に、プロポーズの返事を迫る自分に、七海を休ませた透。
七海が家に入るのを見届けてから、頭を下げた透に淳は声をかけた。
「あんたは、七海の『何』なんだ?」
振り返った透には、今まで七海に見せていた柔らかな微笑みは浮かんでいなくて。
変わりに、静かに小さく湧く怒りの色が瞳に浮かんでいる。
「逆に聞きます。あなたは、七海の『何』なんですか?」
《七海》
そう、このただの同僚だという透から、七海を呼び捨てにされたのに頭にきて。
「俺は、七海の彼氏だ!」
もう少し理性がなければ、透の胸ぐらを掴んでいたであろう勢いに、透はスッと瞳を細める。
「……なら、何で七海のことをほったらかしにしてるんだよ!?
七海、ずっと悩んでたんだぞ!?
携帯を見てはため息をついて、連絡を待っていて。
彼氏の夢も、自分の夢も大事だから、って……ずっとため息ばかりで悩んでたんだぞ!?
それに、好きかどうか分からないって、言って泣いたんだ。
それほどまで、お前は七海をほったらかしにしておいて、よく『彼氏』なんて言えるなっ!?」
グイッと透に胸ぐらを掴まれ、淳は透の言葉に目を見開く。
連絡を待っていて、ため息をついていた?
好きかどうか分からない、って?
がん、と頭を殴られた気分だった。
離れていても、気持ちは繋がっていると。
そう信じていたのは。
自分、だけだったのか?
いつから、連絡をしていなかった?
最後、栄転することになると告げた電話の前に。
いつ、連絡をいれた?
週1回以上はきていた、七海からのメールを、いつ返した?
足元が、ガラガラと崩れていくような気がした。身体が強張った淳に気が付いたのか、透は淳の身体を離す。
呆然とする淳に、まっすぐに告げる。
「体調が悪いっていう七海を気遣えないような『彼氏』なんか、俺は認めない。
……七海は、俺が幸せにする」
それだけ告げると、透は背を向けて歩き出した。
「………」
最悪、だ。
フラフラとおぼつかない足取りで家に帰って。
眠れない夜を過ごし、出勤して仲良くしている同期の女性に相談させられたら。
「最悪。彼女を、何だと思ってるの?
今までほったらかしにしてたのに、あんたの言っていることは、全部自分主体じゃない。そんな自己中、あたしだったら3日ともたないわ」
けちょんけちょんに言われ、相手のために別れろと言われる始末。
話があるとメールがきたときに。
ふられる、と覚悟した。
大概のことは、忙しい淳を気遣ってメールをする七海。ただ、予定をキャンセルするときなど、謝ることがあるときは電話してきた。
分かっていた。
あの時。
川並透を見た瞬間、七海の目が安心したように緊張が緩まったことに。
『七海ちゃん』と、川並透が呼んだとき全身から見えない緊張をといたとき。
自分は、もう安心できる存在ではないのだと、分かってしまったから。
「………じゃあ、別れようぜ。七海が幸せになるなら、泣かせてしまった俺が出来る、最後のことだから。
だから、もうこれで別れよう」
幸せになりたいと言う七海に、送れる言葉は、これだけしかなかった。
最後の最後の意地。
それだけで、この言葉を絞り出したのに。
『ありがとう』
七海から再度電話がかかってきて、そう言われた瞬間。
「本当は、今すぐ前言撤回して、七海に会って、抱きしめて、一生離したくないのに!!
何で、電話してくるんだよ……!」
格好をつけたかった自分は、自己中な自分にあっさりと敗北する。
そんなに、簡単に手放せるほど簡単な気持ちじゃなかった。
「幸せになれ。俺が、もう絶対に手の届かないところにいろよ。
そうでなければ、嫌がってもさらっていくから」
どうか、願う。
あの、川並透が七海を幸せにしてくれることを。
自分じゃ出来なかった分、七海を幸せにしてくれるように。
色々気に病む七海が、自分のことをふったことを後悔しないくらい。
幸せに包まれるように。
「ありがとう」
本心からの言葉。
それでも。
電話を切って、そして携帯を床に投げつけた。
二つ折りの本体が割れる。いつか、二人でお揃いで機種変更した携帯は、呆気ないほど簡単に壊れた。
さようなら。
さようなら。
こみ上げる涙を、拭うことをせずに、ただ床に崩れ落ちる。
幸せになって欲しいという気持ちに偽りはない。
そのために、どんなことでもする。
それが、自らの手を離すことだとは思ってもなかったことだけど。
「…う……わぁぁぁ――――っ!!」
簡単に手放せるほど、軽い気持ちじゃなく。
手放さないほど、軽い気持ちじゃなく。
自分が幸せにしたかった。
自分が……他人じゃなく、自分の手で。
だから、どうか幸せに。
自分が与える以上の幸せを、川並透から。
それが、彼女の幸せになるなら。
悲しませた分、こんどはお互いが学生だったころのような、いや、それ以上の笑顔で毎日を送れるように。
祈るしか出来ないが、それでも祈る。
幸せに。
どうか、幸せに。
今まで、ありがとう。
さようなら。
七海。