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ACT.19




ACT.19




チクタクチクタク……。

部屋の時計が秒針を刻むのを、ベッドに寝転がりながら七海は睨みつける。


すでに22時を20分以上回っている。まだ仕事が終わらないのか、それとも。


鳴らない携帯を握りしめて、ため息をつく。あれから、透とはすぐに別れた。電話がくるまで一緒にいると言ってくれたが、そこまでの迷惑はかけられないから、と。


それで正解だったかもしれない。鳴らない携帯に、七海より透の方が気になってしまうかもしれない。


♪〜〜♪〜〜


『着信 坂田淳』


「…………!」


着信音が鳴った携帯。思わず飛び起きて、一つ深呼吸する。


「……もしもし」


『うん』


「遅かったね、仕事?」


『いや、仕事は定時で終わって家に直帰した』


「へ!?」


『ちょっとした嫌がらせ。どうせ、よくない話題だろ?』


ぐっと詰まった七海に、淳は図星か、と呟く。


「……話したいことがあるの。会って欲しい」


『じゃあ、俺んちに来いよ。今から』


「……ごめん。もう淳の家に行けない」


『…………』


その言葉に、すべてを悟ったのだろう。

電話口で、淳が黙り込んだ。


『……俺さ』


ポツリ、と言葉を落とした淳。


『今日、お前とのこと悩んでたら、同僚に無理やり相談させられて』


その声は、どこか弱々しく。

――初めてかもしれない。淳が、こんなに弱い声を出しているところを聞くのは。


『話したんだ、これまでのこと。出会いから、今まで。……俺も、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。誰かに言ってほしかったのかもしれない』


いつだって、強気で。

就活で失敗しても、弱音すら吐かずに次に向かって笑っていた淳。


『俺じゃあ、七海を幸せにできないって』


「……っ」


そんなことない、と言おうとした言葉は、喉元まで出て、でも出なかった。

淳と別れて、透の手を取ろうとしている。それは、そういうことを意味するのだから。


『同僚に、コテンパンに言われたよ。最低とも、彼女の優しさに甘えてるだけとか、恋愛じゃなくて母親に甘える幼稚園児だ、とか。……何も言えなかった。全部、その通りだったから』


だから。


『幸せにしてくれるヤツが、出来たんだろ?』


「……」


『そうだろ?』


「……幸せになるか分からないよ。でも、幸せになるために、二人で頑張っていきたい」


『………じゃあ、別れようぜ。七海が幸せになるなら、泣かせてしまった俺が出来る、最後のことだから。

だから、もうこれで別れよう』


「………うん」


『幸せになれよ。じゃあな』


「……………うん」


ツー…ツー…と、通話が切れて無機質な音が流れる。

これで、良かったのだろうか?

こんなふうに、別れてしまって。


携帯の画面を、じっと見つめる。


何か、話さなきゃいけなかったような気がする。大切なこと、まだ伝えていなかった。


着信履歴を表示して、一瞬躊躇して通話ボタンを押す。


流れる呼び出し音。メロディーは、七海の好きな曲。

いつだったか、なかなか電話に出ないと言ったら好きな曲を待ち歌にしてくれた。これなら、出なくても好きな曲が聞けるからいいだろ?と。屈託のない笑顔で言った。

好きな曲より、淳の声が聞きたいと思って電話しているのに、ズレてるな、と思ったが笑顔に負けて苦笑してしまった。


『……七海?』


「ごめん、また電話して。でも、これだけ」


やや遅れて電話をとった淳に、七海は持っていた携帯を握りしめる。


「……今まで、ありがとう。さようなら」


電話口で、息をのむ気配が伝わってくる。


「それだけだから、じゃあ……」


静かな沈黙が流れ、携帯を耳から離そうとした瞬間。


『……なんで』


「え……?」


『――なんで、もう一度電話するんだよ!?』


泣くように叫ばれた言葉。その激しさに、七海は身体が凍りつく。


『どんな思いで、俺が七海に別れを告げたか分かってるのか!?

別れるくらいなら、死んでしまうくらい好きなんだよ!

例え、めったに連絡出来なくてもそれでも気持ちは変わらないって思ってて。

やっと七海と子どもを養っていけるくらい昇進出来て、ずっと一緒にいられると思ったのに……!』


あまりの慟哭に、七海の声が出ない。それは、初めて聞く淳の弱い声。


『辛い思いをさせたことに遅かったけど気が付いて、七海が幸せになるなら別れるべきだって……。1日中ずっと悩んで悩んで、最後くらいかっこつけて別れたかったのに。

本当は、今すぐ前言撤回して、七海に会って、抱きしめて、一生離したくないのに!!

何で、電話してくるんだよ……!』


「……ごめ……」


『謝るな、……謝るくらいなら無理やりでも七海を俺のものにするから。

だから、もう電話もメールもするな。もう、終わりなんだろ』


電話口の向こうで、泣いているのかもしれない。詰まった声に、どうしようもなく胸が苦しくて淳に分からないと思いつつも、首を振るしか出来なかった。


『幸せになれ。俺が、もう絶対に手の届かないところにいろよ。

そうでなければ、嫌がってもさらっていくから』


「……なる。幸せに、なるよ」


微かな声。しかし、力強い返事に、淳は頭を抱える。


『……ありがとうは、こっちの方だ。今度こそ、「さようなら」七海』


「あたしも、ありがとう。

――『さようなら』淳」


その言葉を最後に、お互いが終話ボタンを押す。



頭と携帯を抱えて、七海は大きく息を吐き出した。


……もう、いいよね?


一つ雫が零れれば、せき止めることが出来ない涙が溢れ出す。

ごめんなさい。

ごめんなさい、淳。


会えなくても、メールや電話が出来なくても。それでも、淳があたしのことを好きでいてくれていることは、痛いほど分かっていた。

だからこそ、迷った。悩んだ。


でも、あたしは透を選んでしまった。


ごめんなさい、淳。


そして、ありがとう……――。






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