ACT.13
ACT.13
夕方から上がった雨。湿気は少しはマシになったが、少しまとわりつく空気に、七海は座っていたブランコから足を浮かせてこぎ出す。
すっかり暗くなった周囲。キィ…キィ…と七海がブランコをこぐ音が公園に響く。
「……七海!」
公園の入り口に、息を切らしてかけてきた淳が名前を呼ぶ。
「何で、先にこっちに来てるんだよ!?
夜の公園は危険だから、店で待ってろって言っただろ!?」
「ごめん、ちょっと揚げ物油の匂いに酔っちゃったから……」
「……ったく」
はぁーと大きなため息をついて、淳が隣のブランコに座る。頭を抱えて、隣で息を整えているのを見て、七海は目を細める。
「この公園来たの、久しぶりだね」
「……そうだな」
「楽しかったな、大学生だからお金はなかったけど、こうやって淳と駅まで帰る途中の何気ない会話が大好きだった。
何時でも会えた、それがすごく嬉しかった」
大学からわりと近くにあるこの公園は、2人が短大生と大学生だったときによく話をした公園だった。2人の短大と大学は近かったので、帰り道を一緒に帰ることも多く、デートも沢山した。
「ねぇ、淳。あたし、ずっと淳の夢を追う姿が羨ましかった。前に、淳が話してくれたよね。弟さんのこと。家の事情も」
頷いた淳。
夏の星座が、空にのぼる。
「事故で障がいをもってしまった弟さんが、機械を使うことでコミュニケーションをとることが出来るようになった。
もっと。もっと、コミュニケーションが取れるような機械を造りたい。すべての人が、コミュニケーションを取れるような、そんな機械を造りたいって。
その時、あたし、淳のことが好きになったんだ」
真っ直ぐに前を見据えて、夢を語る淳に。
事故後、初めて弟の意思が伝わったときに、嬉しくて泣いたという話。
淳の弟だけでない、生まれつきの障がいで意志疎通が上手く出来ない人にも、手助けとなるような物があれば。
そういう淳に。優しい淳に惹かれていった。
「あたしも、昔、障がいがある子の施設にボランティアに行ったことがあったの。意志は上手く伝えられないだけで、伝えたい気持ちがあることは分かって、もどかしい思いをした。だから、淳の夢を応援したかった」
「……『したかった』」
ポツリ、と呟いた淳。あぁ。やっぱり、淳は鋭い。
「……全部過去形なんだな」
「………」
目を細めて空を見上げる淳。思わず視線を下げそうになる七海だが、両手に力をこめて顔を上げる。
「あたしも。夢がある。小さい頃……あたしを元気にしてくれた図書館司書の人がいたの。
そんな人に、あたしはなりたい。
あたしは、あたしで。誰かを元気にしたい」
自分の夢を、胸をはって言えるように。
自分の夢に、恥じないように。
「あたしは、淳みたいに頭もよくないし、本の知識くらいしか自信はないし。でも、あたしも……あたしにも、何かが出来るんじゃないかなって」
「それが、……七海の夢?」
「図書室に来ると、安心するって。そう言ってもらえたの。
大したことは出来ないことは分かってる。高校の間のたった数年間だけど、安心できる場所が一人でも出来れば。元気になってもらえれば、……そう、思ってるの」
だから。
七海はブランコをおりる。淳の座るブランコの前で、頭を下げる。
「……淳。ごめんなさい。
一緒に東京に行けない。すくなくとも、今すぐなんか……絶対に行けない」
「……東京で図書館司書の仕事を探せば?」
「今、学校の図書館司書の仕事が楽しくて仕方ないの。
知ってるでしょ?新たに就職しようとしたら、学校の図書館司書の空きがないから試験もないし、あったとしても倍率はすごく高い。
現実的に、無理だよ」
「……元気にする、って。俺を元気にはしてくれないのか?」
頭を上げた七海に、淳は泣きそうな視線を向ける。
「元気にしたいっていうなら、俺についてこいよ!
何で、他のヤツばっかり……!」
立ち上がり、肩を掴んだ淳の胸を七海は思いっ切り押す。
ビクともしない淳は、七海を痛いくらい抱きしめた。
「だって、淳は……あたしのことなんか、ちっとも思い出してくれなかったじゃないっ!」
「そんなことないっ」
……――プツン。
慌てたように反論する淳に、何かが七海の中でキレた。
「嘘っ、だってメールも電話も……!
就職してからは淳がしてこなきゃ、連絡つかないじゃない!あたしが、どんなに連絡が欲しいって言っても、忘れた頃に『どうだった?』なんて……そんなの意味ないじゃない!!」
「ごめ……忙しかったから……」
「いっそ自然消滅してくれたなら……あたしだって、踏ん切りがつくのに!忘れた頃に連絡してきて、好きだって言って、またあたしの気持ちを縛って、また放置されて……どんなに辛かったか分かる!?」
微かに滲んだ涙を拭うことも出来ず、身体をよじることで淳の腕の中から抜け出そうとする七海を、淳は更に力をこめて抱きしめた。
「……ごめん」
「離して……」
「離さない」
唇を近づける淳。
――七海ちゃん――
「……やっ!!」
どん!
思いっ切り胸を押すと、淳が信じられないような目で七海を見下ろしていた。
「……あたし、帰る」
「七海」
「お互い冷静にならなきゃ、話し合いしても無理だよ。
……じゃあ」
「七海っ!」
駆け出した七海の後を追おうとして伸ばした手を、淳は引っ込める。
そして、座り込み頭をかきむしった。
「……くそっ」
七海が走っていくパンプスの音が遠くなっていく。それが、今の自分たちの距離なのだと、ぼんやり考えながら。
空を見上げる。先ほどまで出ていた夏の星座。
今は薄雲に隠れて、弱々しい光を放っていた。