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ACT.12




ACT.12




きっかけは単純。

運命なんて、きっとそんなもの。



答えを先延ばしにされて、少し落ち着いたのか熱は上がることなく、朝には倦怠感も消えていた。

こんなとき、自分の丈夫な身体が嫌になる。1日でも熱があれば、透に会うことなく過ごせるのに、と。

しかし、そんな考えをもった自分も嫌で、社会人失格、と小さく呟く。


ずっと晴天続きだった毎日。出勤の準備をしている七海の部屋の外には久しぶりの雨が降っていて、湿度を上げて不快指数を上げていた。


押しつぶされそうな満員電車に揺られ、学校の最寄り駅に着いた頃には少し雨は止んでいたが水たまりが出来ていて、パンプスを濡らさないように通勤路を急ぐ。


「……星村先生!」


後ろからかけられた声に振り向くと、カッターシャツに紺色のプリーツスカートをはいた女子高生が歩いてきた。


「宮田さん、おはよ!部活?」


「ううん、夏期講習。家にいても勉強出来ないし、それなら宿題の範囲を教えてもらいつつも勉強出来るから申し込んだの」


「へー……今の高校って、そんなこともやってるんだね……あたしが高校生のころは、講習受けないように必死で期末を受けたのに」


「先生たちも必死なんじゃない?どうせ教えるなら数人よりも大人数の方がいいじゃない?」


「それはそうかも」


笑うと、そうだ、と宮田は鞄から一冊の本を取り出す。


「この前、借りていた本。今、先生に返しておいていい?」


「あ、いいわよ。どうだった?」


何気なく聞いたつもりだったが、くしゃ、と顔を歪めた宮田に、内心ギョッとする。


「先生、どうしてあの本を選んだの?」


「あ……」


さぁ……と血の気が引く。宮田にこの本を薦めたのは七海だ。

いつもの時間に、いつものように図書室に来た宮田が、いつもと違う何かを悩んでいる様子だったため、気になり一冊の本を薦めた。


いつもは明るい女子高生。しかし、いつしか他人にとってイイ子である自分を作っていたことから友人との溝が深まっていく。

弱さは見せないように強がる主人公に、ますます離れていく友達。ついに、主人公は友達の前で泣き出す。


あたしだって、小さな幸せを掴みたい。

幸せになるために、なりたくない自分になっていた。


弱さを見せた主人公。簡単に周囲の状況は変わらないが、それでも友達の心情が変わったのは確かなこと。ゆっくりと、穏やかに主人公のことを理解していってくれる人が現れ、主人公も万人から好かれる自分を捨てて自然体になっていく。


内容はヘビーだが、語り口が淡々としていてまるで遠くの景色を見ているような不思議な感覚で読めてしまう、七海の気になる小説だった。


何事にも頑張っている宮田に、肩肘をはらずにいいということを暗に伝えたくて何気なく薦めた本。

感情移入するような書き方をされていないし、事実を淡々と綴られている小説だから、それほどメッセージ性もないか、と考えていたが。


「あたしね、ふられたの。あの日、図書室に来る前に。……イイ子すぎて、重いって」


「……!」


思わず立ち止まった七海に、宮田は寂しげに微笑んだ。


「主人公と一緒。嫌われたくなくて、必死になって。そして嫌われちゃった」


「ごめ……」


「読めなかったの。なのに、気になって。もう一度本をあけるのに、3日かかったよ」


自分は、なんてことをしてしまったのか。

足元が地面にめり込むような気がした。最悪だ。

自分は、やっぱりあの図書館司書のお姉さんにはなれないんだ……。


「でもね。先生。読み始めたら、止まらなかったの。主人公とあたし。同じで、悩むのも分かったし、あたしがどうするべきか、薄々感づいていたけど怖かったことを突きつけられた」


「……宮田さん」


「読み終わって、あたし、元彼と連絡とったの。

思っていたこと、全部じゃないけど伝えられた。元彼の思っていたこと、聞けた。

結局、さやは戻らなかったけど、あたしは後悔してない」


「え……」


「あたしも、元彼も。偽った自分を好きになっていた。別れたけど、元彼のこと本当に好きになったの」


だから。


そう言って、宮田は笑う。不思議と、高校生という幼さを残す笑顔でない。一つの恋愛で成長した女性の顔で。


「先生のせいだよ。また辛い片思いになったのだから。こんなにあたしを変えてくれた本に出会わせてくれたんだから。

先生、覚悟しておいてね?あたし、先生がいるかぎり図書室に通いつめるから。先生は、あたしの本のカウンセラーだからね」


「でも……」


「嬉しかったの」


視線を落とした七海に、宮田はポツリと呟いた。


「あたしにピッタリの本を選んでくれたこともだけど。

図書室に入って行ったとき、すぐに声をかけてくれた星村先生が。

あたしの様子が違うこと、友達は分からなかったのに、すぐに気がついてくれて、何も聞かずに本を差し出してくれたこと。

……ありがとう、先生」


笑う宮田。

今度は、あどけない笑顔で。


「あたし、先生がいるから図書室が好きなの。

また、これからもよろしくね」


「……うん…っ」


不覚にも。

こぼれ落ちそうになった涙。


――『人を元気にしてあげられる司書になりたい』


幼い頃の夢。

それが、少し近づけたように思えた。


自分は不器用で。

気の利いた言葉も態度も何も出来ないけど。

それでも、本を通じて大切な生徒たちに元気をあげられたように感じて。


「何かあったら、いつでも話してね?」


「そうしたいけど、先生、恋愛方面激鈍でしょ?」


「本の知識なら、無駄にあるよ」


「じゃあ、本だけ紹介してよ。他の相談はしたいけど、恋愛だけは川並先生に相談するわ」


「うっわー!何気に失礼ー」


「ごめんごめんー」


「感情が籠もってない!」


「込めてないもんー」


「こらっ!」


笑う二人を見下ろすかのように、太陽が薄日をさす。


一つの決心が、七海の心を占める。





プルル……プルル……。


『はい』


数回の呼び出し音の後、聞こえてきた返事。


「ごめん、今、大丈夫?」


『あぁ。今、昼休みだから』


「あのね。淳」


さっき、透にはメールでご飯を一緒に食べるのを断った。

表向きは、いつも食べる時間くらいから市内の本屋に行く用事がある、と言って。


霧雨が降る。

あまり濡れない霧雨だが、少し雨にあたると確実に濡れている厄介な雨。


「会いたい。……ちゃんと話したいの」


携帯を握る手とは反対の手には、宮田に貸し出しした本がしっかりと握られていた。




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