花水
その星は普通ではなかった。普通の星というのはなかったが、二人が渡った星は特別に普通ではなかった。
星の喫茶店に入り、空いていた窓際の席に座る。魔法使いはメニューを見て一番上にあるものを店員にお願いした。少し間延びした言葉で店員は去っていく。魔法使いはそれを見てから目の前に座る青年を見た。瞬きが多く、汗ばんだ様子の彼は少ししんどそうだ。
「……大丈夫かい?君には少しこの星は相性が悪そうだ」
「だいじょうぶ、だ。別にそこまで心配する必要は、ない」
「…………」
青年の言葉に魔法使いは引き下がる。だがその瞳から心配の色は消えなかった。
そのまましばらく待てば二人の机に先ほどの店員がやってくる。手の上に浮かんだ透明なカップには同じように透明な液体が入っていた。
「お待たせしました~。花水です~。お客様向けに説明するとー、浮かんでいるお花がありますよねー?そのお花から出るエキスはお客様によって異なります~。疲れているお客様には元気になるエキスがー、甘いものを飲みたいと思っているお客様には甘いエキスがー。どうぞお楽しみください~」
そう言って店員はまたふわふわと去っていった。
魔法使いと青年はカップを覗き込む。段々と花の色は変わっていき、魔法使いの花は薄緑色、青年の花は紫に近い赤色になった。水の色自体は変わってないが、店員の言うように花の色は変わったので二人はそれぞれカップを手に取る。
「へぇ。今の僕はこんな感じなんだね。ふむ……これがこの星で生まれるのはわかる気がするな。君のはどうだい?」
「……少し楽だ」
「おや。それなら良かった」
安心した顔を浮かべて魔法使いは再びカップに口を付ける。青年も同じようにカップに口を付けた。穏やかな時間が二人の間に流れ始めた時、
「あれ、珍しい!純粋な人間!」
二人に話しかけてきた女性の魔法使いがいた。葉っぱをモチーフにしているのだろうローブを羽織った彼女は興味津々といった様子で二人に近づくと、にっこりとした笑顔で言葉を続けた。
「人間だけじゃなくて仲間もいるじゃない!嬉しいわ~!外からやってくる人間や仲間がやってくるのは知ってたけど、私って普段はお家にいるから中々会わなかったのよね!」
「家にいるって言ったって、外にでる、ことは、あんだろ」
「違うんだよ、青年」
青年の言葉にゆっくりと魔法使いが首を振る。彼は話しかけてきた女性魔法使いに向き直ると、柔和な顔を浮かべた。
「普段は研究ですか?どれくらい久しぶりなんです?」
「そうなのよ!やっと研究が一段落したから久しぶりにお茶をしにきたの!えーっと……150…いえ、盛り過ぎね80年くらいかしら?ずっと魔法陣とにらめっこしてたのよ!肩凝っちゃってしょうがないわ」
彼女の言葉に青年は目を見開く。魔法使いは青年を見て、ね?といった様子だ。
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「この星は魔法使いばかりですね」
「そうねー昔からそうみたいよ。むしろ他の星の魔法使いのほとんどはこの星が故郷なんじゃないかって、私たちは思っているけどね。貴方は違うみたいだけど」
「そうですね。僕はこの星は初めてです。だから少し驚きました。魔法使いばかりだと星はこの様に成長するのだと」
魔法使いの言葉に青年も店内から窓にかけて視線を巡らす。窓の外に写るのは巨木の一部だ。辺りを見れば巨木が沢山並んでおり、その中をくり抜いたのか、中に人が居る様子があり、空が切り裂かれたと思えばそこから人が出て来た。喫茶店内は一見普通だが、椅子は一見頼りなさげな葉っぱで出来ており、木は置かれているのではなく、窓際の枠から生えていた。そしてこの喫茶店は浮いていた。
「空に浮かんだ喫茶店というのは初めてでした。そしてこんなにも自由な星も」
「この星は魔法使いしかいない。私たちはほとんど老いない。時間は山ほどあるからね。色々と好き勝手やってたら星もそんな風になったのさ。ま、私たちの影響なのか、星の影響なのかはわからないけどね」
軽やかに笑って彼女は言うと、その目は魔法使いから青年に向けられた。
「それにしても、本当に久しぶりに人間を見たわ!しかも純粋な!ね、ね、人間にとってこの星はどう?息苦しくない?身体が熱くなったりとか、体調が悪くなったりしない?どうどう?」
ぐいぐいと自分に迫る女性魔法使いに青年は驚き固まっている様子だ。彼女はそんな青年の様子に気づく様子もなく、さらに近づく。
「汗かいてる?人間ってそうなの?この星に訪れる人間ってよく体調が変わるらしいって噂で聞いたのよ!是非見たいわ。大丈夫、痛いことはしないわ!ね、これから私の研究所に来な「失礼するよ」っきゃ!」
青年と女性魔法使いの間に一定の距離ができ、彼女は後ろに転んだ。魔法使いの方を見れば立てていた指をくるりと振って、立ち上がる。青年も驚いた顔を向けるが魔法使いの様子に自身も立ち上がった。
「あら、ごめんなさい。貴方のものだったのね。許可もなく失礼したわ」
立ち上がり、姿勢を整えた女性魔法使いは改めた様子で魔法使いの方を向く。
「ね、良ければ今日一日貸してくれないかしら?ちゃんと御礼はするわ!」
にっこりと笑顔を浮かべる女性魔法使い。うきうきといった様子で青年を見ており、青年は目を鋭くして彼女を睨んだ。
「申し訳ないけど、彼は僕のものじゃない」
「なら!」
「けれど、それは僕が許せない」
ごめんね、そういって穏やかな笑みを浮かべ魔法使いは歩き出した。青年は暫く女性魔法使いを睨んでいたが、魔法使いの跡を付いていく。二つのカップにはまだ中身が残っていた。
「あらー残念。またの機会を狙うしかないわね~」
なにも変わった様子もなく、彼女は自分の席に戻っていった。
喫茶店の外に出て、魔法使いは空を見上げる。そこには空を浮かび、煌びやかな星を輝かせ、火を操る……多くの魔法使いが居た。青年も魔法使いに倣って空を見上げた。
「……長くは居たくねぇ星だ」
「そうだね……」
青年の言葉に同意し、魔法使いが歩き出せば青年もその後に続いた。
魔法使いは小さい声で呟く。それは青年にも聞き取れないものだった。
「いやぁ……自分も同じだと思うと、少し悲しくなるね」
にこりと笑いながら、彼はそういった。




