希望
誰も、近づかなかった。
レディアナは、処刑台の上に立っていた。
さっきまで処刑台だった場所は、
いまは、
ただの台だった。
意味は、
筋肉の前では、
長く保てない。
血が、
首を伝っていた。
温かかった。
レディアナは、
それを指で触れた。
赤。
生きている色だった。
「……はは」
笑いは、
もはや湿っているだけではなかった。
混ざっていた。
熱が。
群衆の中で、
誰かが言った。
「ば、化け物……」
レディアナは、
その言葉を聞いた。
そして、
少しだけ、
考えた。
違う、と。
化け物とは、
変わらないもののことだ。
恐怖の中で、
固定されたもののことだ。
自分は、
違う。
変わっている。
いまも、
この瞬間も、
収縮している。
一歩、
処刑台から降りた。
木が、
軋んだ。
悲鳴のようだった。
だが、
折れなかった。
レディアナは思った。
似ている、と。
「……待て」
王子が言った。
その声には、
以前あったはずの、
物語の力がなかった。
「なぜ」
王子は言った。
「なぜ、お前は……そこまで」
レディアナは、
王子を見た。
細い首。
白い手。
軽い胸。
かつて、
自分が持っていたもの。
「失ったからです」
レディアナは言った。
「一度」
王子は、
理解しようとした。
だが、
理解は、
筋肉ではなかった。
育たなかった。
レディアナは、
歩き出した。
誰も、
止めなかった。
止める理由が、
もう、
存在しなかった。
門を出た。
外の世界は、
広かった。
光が、
降りていた。
レディアナは、
その中に立った。
暖かかった。
栄養のようだった。
腕を、
曲げた。
隆起した。
影が、
地面に落ちた。
その影は、
以前より、
明確だった。
「……まだ」
レディアナは、
呟いた。
「足りない」
それは、
絶望ではなかった。
希望だった。
振り返らなかった。
城も、
王子も、
断罪も、
物語も。
すべてが、
背中側にあった。
そして、
背中には、
筋肉があった。
風が吹いた。
レディアナの髪が揺れた。
軽かった。
だが、
身体は、
重かった。
彼女は、
歩いた。
次の重量を、
探しに。
次の収縮を、
探しに。
次の、
自分を、
作るために。
「……はは」
その笑いは、
もう、
どこにも、
腐っていなかった。




