前日
王子は、しばらく何も言わなかった。
言葉が、
役に立たなかった。
鉄格子のこちら側と向こう側で、
重さが違っていた。
王子は、
軽かった。
レディアナは、
重かった。
「……処刑の日が決まった」
王子は言った。
それは、
勝利宣言のはずだった。
だが、
どこか、
報告のようだった。
「そうですか」
レディアナは答えた。
声は、
静かだった。
だが、
空気を押していた。
「怖くないのか」
レディアナは、
少し考えた。
怖い。
その感情を、
探した。
見つからなかった。
「弱くなることの方が」
レディアナは言った。
「怖いです」
王子は、
理解できなかった。
理解できないことが、
増えていた。
レディアナの身体のように。
処刑まで、
七日。
レディアナは、
鍛えた。
処刑まで、
五日。
鍛えた。
処刑まで、
三日。
鍛えた。
鉄格子を握った。
軋んだ。
レディアナは、
それを見た。
世界が、
わずかに、
変形していた。
「……はは」
湿った笑いが、
深くなった。
処刑前日、
衛兵が、
肉を持ってきた。
「最後の食事だ」
レディアナは、
それを見た。
赤かった。
美しかった。
「……ありがとう」
彼女は言った。
衛兵は、
初めて、
罪人に礼を言われた気がした。
レディアナは、
食べた。
一口ずつ。
ゆっくりと。
筋肉に、
染み込ませるように。
これは、
終わりの食事ではない。
続きのための、
食事だ。
処刑の日。
広場。
人々。
ざわめき。
レディアナは、
歩いた。
重かった。
素晴らしかった。
処刑台に立った。
空が、
広かった。
前世で、
大会のステージに立ったときと、
似ていた。
光。
視線。
期待。
処刑人が、
剣を持った。
レディアナは、
その刃を見た。
鋼。
鍛えられたもの。
同類だと、
思った。
「最後に」
王子が言った。
「何かあるか」
レディアナは、
考えた。
そして、
ゆっくりと、
両腕を上げた。
力を込めた。
収縮。
全身が、
応えた。
背中が、
開いた。
肩が、
隆起した。
腕が、
盛り上がった。
脚が、
地面を掴んだ。
静寂。
誰も、
それを、
断罪できなかった。
それは、
罪ではなかった。
努力だった。
時間だった。
祈りだった。
「……はは」
湿った笑いが、
空へ昇った。
その瞬間、
レディアナは、
理解した。
取り戻したのではない。
前よりも、
遠くへ来ていた。
坂田健太郎は、
もう、
追いつけない。
ここにいるのは、
彼を超えた、
レディアナだった。
剣が、
振り上げられた。
だが、
レディアナは、
それを見ていなかった。
自分の筋肉だけを、
見ていた。
筋肉は、
裏切らなかった。




